第50話 森林の街

馬車に戻ったリーシャは満身創痍の状態であったため、討伐軍のことはカサンドラに任せて馬車の中で休んでいた。しばらく休んでいると、話がついたようでカサンドラが馬車に戻ってきた。どうやら、討伐軍は負傷者多数のために、態勢を立て直すためにクサッツで療養するとのことであった。ただ、途中で何かあった時のために、リーシャたちを護衛として雇いたいと言ってきたらしく、カサンドラは少し渋りつつ報酬を吊り上げて倍額にしたらしい。さすがは(魔王様が絡まなければ)精鋭騎士なだけはあった。


こうして、リーシャたちは再びクサッツへとやってきた。到着して早々、討伐軍は報酬を払わず別れようとしたが、そこはきっちりとカサンドラが取り立ててくれた。そして、討伐軍はクサッツでも最高級の温泉宿へと向かっていった。それを見たミラベルは今にも襲い掛かろうとしたが、リーシャとカサンドラ、そしてマリアの3人がかりで辛うじて取り押さえることができた。カサンドラすら圧倒する力と執念に、リーシャは普段は見せない彼女の底力を知って、今後は煽るのを控えようと思ったとか。


それから数日間、リーシャと討伐軍は療養のために数日間、クサッツに滞在した。数日後、リーシャの心身が癒えた頃合いで、彼女たちの宿泊している宿にユーティア殿下とアイリスがやってきた。想定外の来訪だったため、慌てて仮面をつけ、カサンドラを連れて面会した。


「我々は、魔王を討伐するために、ホワイトナイト王国から派遣された討伐軍である。俺はそれを率いる勇者、隣の彼女は聖女である」

「はあ、それで――なんの御用ですか?」

「ふん、これだから下賤な傭兵どもは。俺たちがここに来た時点で察するべきだろうが、分からないというのであれば仕方ない、丁寧に説明してやるから感謝して聞くように」

「はあ……」


一瞬、殴りたいと思ったリーシャだったが、ここで騒いで正体がバレるのはまずいと思い、踏みとどまった。


「話は簡単だ、俺たちを魔王の元まで護衛しろ!」


丁寧に説明するとは何だったのか。一言で終わる話に勿体つけ過ぎであった。


「お断りいたします!」

「なにぃ! 俺の依頼をあっさり断るだと?! 何が不満なのだ! これは名誉ある依頼だぞ!」

「何が不満? いや、不満しかありませんが。そもそも、先の護衛依頼の報酬払わないおつもりでしたよね? その時点で受けるわけがありませんわ」

「カネカネカネと! 貴様は金の亡者か! いいか? この依頼を受けることで、お前たちは大いなる名誉を受けることになるのだ! お前ごときの下賤な傭兵にとっては過ぎた名誉がな!」

「へぇ、それがどうかしたんですか? そんな名誉がいくらになると?」

「金の問題ではない! 名誉さえあれば、金など後から付いてくるものだ! その価値もわからんとは……」

「ふぅん? じゃあ、後から付いてくるお金についての保証はしていただけるんですかね?」

「そんなこと俺たちが知るわけなかろう! 俺たちは名誉を与えるだけだからな。その後のことはお前たちの責任だ!」

「結局、名誉ってお金にならないんですね。じゃあ、やっぱりお断りです」

「ふざけるな! この俺が自ら頼み込んでいるというのに、断るとは。何という失礼なヤツだ!」

「失礼で結構です。それでは頑張ってくださいね。お帰りはあちらです」


そう言って、リーシャは入り口を指さすと、二人をカサンドラとミラベルが引き摺って追い出した。先日のことといい、見た目によらずミラベル嬢は体育会系だったようだ。


その後しばらくの間、ユーティア殿下が宿の外で叫んでいたが、迷惑行為と思われたようで、自警団に連れていかれてしまった。


「まあ、あれでもなんちゃって討伐軍のリーダーだし、お金も落としているから、すぐに釈放されるだろうけどね」

「どうされますか?お嬢様」

「もちろん、明日の朝に出発するわ。次は討伐軍と鉢合わせしないように少し急ぎましょう」

「かしこまりました。お嬢様」


リーシャは翌朝、カサンドラ、ミラベル、マリアと合流して馬車に乗り込んだ。


「次の目的地はどこになるの?」

「はい、次は東の大森林になります。馬車でも2,3日はかかりますので、途中で街に立ち寄りつつ。大森林手前の街ジュガイに行きます。そこから、準備を整えて四天王の一人ウルフェスのいる砦へと向かいます」

「意外と時間がかかるのね。まあ、さっさと行きましょう」


こうして、リーシャたちは馬車で森林の街ジュガイへとたどり着いた。ジュガイは獣王のお膝元ということもあり、獣人系の魔族が多かった。


「うへぇ、もふもふがいっぱい……」

「お嬢様、顔がスライムみたいになっております!」

「おっと、失礼。ねえねえ、頼んだら耳とか尻尾とか触らせてくれないかな?」

「いや、駄目でしょう。――そういうお店が無いわけではありませんが、女性が行くような店ではありませんし……」


カサンドラが言っているのは、いわゆる夜のお店というものだろう。もふるためにいかがわしいお店に行くというのもなぁ、などと考えて、リーシャはひとまず行くのを諦めることにした。


そう言ったお店を抜きにしても、ジュガイのお店は珍しい物が多かった。中でも森で取れる木の実や、森の樹を使った杖やアクセサリーなどはいかにもファンタジーと言った感じでリーシャの気分も自然と高揚していった。もっとも、ホワイトナイト王国もファンタジー世界のはずなのだが、全く高揚しなかったのは、おそらく前世の職場みたいなブラックな雰囲気があったせいだろう。こうして、お金を稼ぐためとか売るために売るようなものではなく、作った良いものを客に届けたいという思いが見えるのは非常に気持ちの良いものであった。


リーシャはカサンドラにおすすめされたココの実ジュースを飲んでみた。これは何のことはない木の実にストローのようなものを差し込んだだけのシンプルなものだったが、これが程よい酸味と甘みがあり、桃とマンゴーを足したようなフルーティーな香りがしてとても美味しいものであった。


明日はいよいよ砦に向かい、四天王の一人ウルフェスと戦わないといけないが、リーシャたちは束の間の休息を満喫したのだった。




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