第49話 星の女神

「あなたは力を得て運命を受け入れますか? それとも、力を捨てて、運命から目を背けますか?」


昏い意識の中、再び先ほどの声が、先ほどよりもはっきりと聞こえた。


「誰?」

「ああ、ようやく私の声を聞こえる人が現れたのですね」

「誰なの?」

「私は星の女神ステラ。人々に星属性の祝福を与える者です」

「祝福? それは一体」

「あなた方の持つ属性というのは、私を始めとした神々の祝福なのです。火の神アグニ、水の神アクア、風の神フォーン、光の神シャイニー、闇の神ダクネス、そして、星の神ステラ。属性というのは、私たちが選んだ人々に祝福をすることで力を得るのです」

「私は地属性、いや星属性、ということは、あなたの祝福を受けたということ?」

「そうです。不幸にも、あの光の神を信奉する国では、私の子供たちは不当な扱いを受けてきました。その力を発揮する術も失われて久しいのです」

「それで、先ほどの質問はどういうこと?」

「星属性の祝福を受けた子供たちは、大いなる運命に翻弄される定めなのです。もし、あなたが力を得たいと願うのであれば、その大いなる運命に翻弄されることになりましょう。しかし、その力を捨てれば人並の幸福を得るくらいのことは出来ましょう」

「今、まさに力が無ければ死ぬ、っていう状況なんだけど? 状況わかっています? 人並の幸せを得るどころか、その前に人生終わるんですが」


状況をまるで分っていない女神ステラに苛立ちながら追及すると、呆れたような顔をしながら話しはじめた。


「もし、あなたに力が無いとわかれば、彼は興味を失うでしょう。あの者は自らと対等に戦えるものを求めています。あなたが、このまま地面に這いつくばっていれば、すぐに興味を失うでしょう」

「このまま地面に這いつくばっていろと? あなた、本当に私の神様なんですか?!」

「それで生き永らえることができるのであれば、些細なことでしょう。もし嫌なら、力を得たいと願えば良いのです。大いなる運命もセットですが」


どうやら女神はリーシャに力を望むように誘導しているようであった。むしろ、大いなる運命とやらを押し付けるために抱き合わせ販売をするつもりである。


「酷い押し売りね」

「いえいえ、私はあなたが苦しんでいるのを見かねて、こうして提案をさせていただいているのです。このまま地面に這いつくばって、憐れみを受けて生き永らえるか。あるいは大いなる運命を受け入れる代わりに、この状況を打破するための力を得るか。どちらを選ぶかというご提案ですよ」

「どちらかと言いつつ、明らかに後者を選ばせようとしていません?」

「それは――気のせいです! さぁ、時間がありません。すぐにどちらかを選んでください」


やり方が明らかに悪徳営業のそれであったが、それでもリーシャにとって選択肢は無きに等しく、迷っていても仕方ないことと割り切ることにした。


「もちろん、力を得ることにします!」

「ありがとうございます! では、さっそく、こちらの契約書にサインを……」

「本当に大丈夫なの?」


不安しか感じられない女神の態度は気になったが、しぶしぶ契約書にサインをした。契約書は前世の知識を前提に見ても、いくつかの項目を除けば、いたって普通の内容であった。もっとも、そのいくつかの項目の一つに「クーリングオフはできません」というのがあったのだが……。


「はい、それでは、早速、この状況を打破するための力をお渡しいたしますね」


そう言って、女神は頭上に星を召喚した。そして、その星をリーシャに向けて解き放った。ズン、という衝撃を受けて、星が身体の中に入ってくる。そのまま再び意識が暗転した。


気付くと、リーシャはガイアルドに吹き飛ばされた場所に戻っていた。


「おいおい、これで終わりかよ! 呆気ねーな。ちっ、興ざめだぜ」


そう言って、呆れたように肩を竦めるガイアルド。それを見て、リーシャは再び立ち上がった。そして、その場にいる誰もが知らない、もちろんリーシャ本人も聞いたことのない、呪文を唱え始めた。その魔法は先ほど女神から受けた星の力によって授かった知識。この苦境を乗り越えるための逆転の一手であった。


「お、まだ力尽きていなかったか! さぁ、第二ラウンドだぜ。いくぞ!」

「――超重力グラヴィティ


リーシャに飛び掛かってきたガイアルドだが、リーシャの魔法を受けて反対に地面に這いつくばるように倒れてしまった。まるで見えない手に押さえつけられるような感覚にガイアルドは驚いた表情を浮かべた。それだけでなく、それを成した当のリーシャですら、驚いた表情で彼を見つめていた。


「ぐ、この俺が一瞬でねじ伏せられただと?!」

「まさか、これが星の力……?」


超重力の力を自身の力で打ち破ろうともがくガイアルドだが、重力による力は自身の体重に比例する。今の彼にかかっている負荷はさながら魔王城を背負っているかのごとくである。いかに力自慢の彼とて、その拘束から逃れることは不可能に近かった。


「ふん、俺の負けだ。煮るなり焼くなり好きにするがいいさ!」


ガイアルドが諦めたようにリーシャに言う。それに応えるかのように両手に持ったナイフを彼の心臓に突き立てた。


「さよなら……」

「ああ、だが次に会った時は、俺も簡単には負けんぞ!」


別れを告げるリーシャにガイアルドはそう言うと、灰となって崩れ去った。その灰が風に流されると、ガイアルドという存在の全てが、まるで幻であったかのように遠くに感じられた。


「さすがです。あのガイアルドを一瞬で仕留められるとは!」

「当然ですよ。お嬢様に不可能はありません!」


崖っぷちに立ちながらも勝ちを拾ったリーシャにカサンドラとマリアが声をかけてきた。リーシャとしては「そんな簡単な話じゃないんだけどなぁ」などと思いながら、カサンドラとマリアの肩を借りて馬車へと戻るのだった。



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