第43話 勇者疑惑
リーシャたちが温泉の街クサッツに滞在して一週間ほどした頃、目を覚ました彼女は外が騒がしくなっているのに気づいた。
「外が騒がしいですけど、なんでしょうかね?」
そんなことを呟いていると、マリアが部屋に飛び込んできた。
「お嬢様! 大変でございます。魔王軍の襲撃です!」
「なんですって?!」
自分がホワイトナイト王国出身であることがバレたことで、宿の人に迷惑が掛かってしまうと思ったため、慌てて身支度を整えて表に向かった。そこには、鎧を着た魔族と思しき集団が、宿のスタッフたちに――親しげに話しかけていた。
「え? どういうことですの?」
「あ、お客様。何でもこちらの方が話を伺いたいとのことでいらしてらしたのですが、お休みでしたので待っていただいていたのですよ」
「こちらの方々は、魔王軍の方ではございませんか?」
「ええ、そうですよ。軍っていうと、怖いイメージがありますけど、魔王軍の方々は市井の人たちとも積極的に交流するようにと厳命されてますので……。こうしていらっしゃることも珍しくないのです」
「へぇぇぇ?! それで私に何の御用でしょうか?」
「一つ尋ねたいのだが、あなたたちはホワイトナイト王国からやって来たということで間違いないでしょうか?」
「ええ、確かに私たちは王国からやってきましたが、何か問題でも?」
「ええと、では……。こちらの方が聖女様で、あなた様が勇者様になるのでしょうか?」
ミラベルを指しながら聖女様と、リーシャを指しながら勇者様と魔王軍のリーダーと思しき人が言ってきた。
「何で私が勇者なのよ! 私、女ですわよ?!」
「あ、失礼しました! 勇者が男性のみというのは存じ上げていなかったもので。ただ、王国からは聖女と勇者がセットでいらっしゃるとしか……」
「それで、なんで私が勇者になるんですか?!」
「え? それはもちろん……。可憐そうな、そちらの方が聖女かなと。それと狂b――勇敢そうな、あなた様が勇者かなと思ったわけでして……」
「さりげなく狂暴とか言いそうになりませんでした?」
ジト目でリーダーを見ると、慌てて弁解し始めた。
「いやいや、気のせいですって。――まあ、本題に入りましょう。魔王様の言伝になりますが、勇者様、聖女様がこちらで長期間滞在していただけるのはありがたいのですが、他の街にもお金を落としていただきたいので、できれば――そろそろ、この街から旅立っていただきたいとのことです。ただ、それよりもまずは自分のところに来て欲しいとのことでしたので、こうしてお迎えに上がった次第でございます」
「私たちは勇者でも聖女でもないんですけども……」
「いえいえ、王国からいらっしゃるのは勇者と聖女以外はないと伺っております」
「どういうことやねん!」
まあ王国民は、「大魔王国は敵国であるし、魔獣などがあちこちに徘徊している危険な場所だ」と聞かされてきたから、魔王討伐軍以外が国外に出ることもないし、国境警備も厳重で国外に出るのも難しいのは事実であった。
「いずれにしても、私たちは人違いです。なので、お断りさせていただきます」
「そんな! そしたら、魔王様にお願いされた私はどうすればいいんでしょうか?!」
「いや……、帰って説明すればいいんじゃないでしょうか?」
「そんなぁ……。また、魔王様に嫌われてしまう……。もう死ぬしかない……」
「ちょっと待ったーーーー!」
人違いだからお断りして死ぬとか、どんだけ魔王様って酷い奴なんだ、などとリーシャが考えていると、彼女の隣にいる人が説明してくれた。
「申し訳ありません! 我々が全力で止めますので、お客様方はお気になさらず! 止められなくても死ぬだけですので!」
「それはアカンでしょう! 仕方ありません、ついていってあげます。ったく、どんだけ魔王様って酷い奴なんだ?!」
「おお! 神よ! 我を見捨てられたのではなかったのですね!」
「申し訳ありません、お客様! 酷いのは魔王様ではなくて、隊長の鬱だけなんです! 思い込んだら突っ走る人なんで……。あ、申し遅れました、私は魔王軍第一部隊の副隊長をしておりますヨーゼフと申します。こちらは隊長のカサンドラです。」
リーシャはヨーゼフの説明を聞いて状況を理解した。
「しかし、こんな人が隊長で大丈夫なの? しかも第一部隊って、一番の精鋭じゃないの?」
「はい、彼女が魔王軍で一番強いので、問題ありません!」
「いや、戦いは強いかもしれないけど、メンタル弱すぎじゃない?」
「大丈夫です。彼女は魔王様が絡まなければ問題ありませんから」
どうやら彼女にとって魔王様は畏怖の対象であるようだ、とリーシャは納得した。
「まあ、魔王様が怖いのは分かるけど、一緒に行くんだから、もう少しシャキッとしてよ」
「魔王様が怖い……? そんなことあるわけないだろう! 魔王様は私の最愛の人だ! 魔王様がどう思っているのかは知らんがな!」
「単なるヘタレじゃん……」
こうして、リーシャたちは不安を覚えつつも彼女たちに従って、魔王の元に向かうのであった。
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