第41話 歓迎

温泉を堪能して、温泉街の通りを歩いているリーシャたちは、街のあちこちに『歓迎 勇者様』という横断幕などが掲げられれているのを見かけた。不思議に思ったリーシャは通りがかった人に尋ねてみることにした。


「あの――あそこにかかっている横断幕はなんでしょうか?」

「ああ、あれね。近々、ホワイトナイト王国の勇者様と聖女様が大勢引き連れて、この国にいらっしゃるということなので、歓迎の横断幕を掲げているんですよ」

「え? だって、彼ら魔王様を討伐するために来るんじゃないですか?」

「え? あれ? ご存知ないのですか? 彼らは魔王討伐という体で、観光にいらっしゃるのですよ。1か月ほど。一応、各地にいる四天王や魔王様と戦われるのは間違いないのですが、いらっしゃる際にはいろんな街に立ち寄ってお金を落としてくれるので、勇者バブルということでにぎわうんですよ」


王国のために命をかけて魔王討伐をしてくると思っていたリーシャは、予想外の事実に呆気にとられてしまった。そんな彼女の様子を気にすることなく話を続ける。


「しかし、そんなことも知らないなんてなぁ。もしかして、王国の人かい? まあ、ここだけの話、このことは王国の中では広めちゃいけないってことになってるんだ。何でも、話が広まってしまうと彼らを派遣する予算が取れなくなるっていうんでな。あんたらも頼むで」


なおも呆然としているリーシャたちをよそに、通行人の人は言うだけ言って去っていった。事実、ホワイトナイト王国の国民は重税に喘いでいた。にもかかわらず、これといって反乱などが起こっていない。その理由として、敵対する大魔王国からの侵略を食い止めるために、魔王討伐軍を率いて力を削ぐことによって、王国が守られているということが信じられていたからである。その防衛費予算や討伐に赴く人数は回を重ねるごとに増えていき、今では国家予算の3割に達し、総勢1000人近い集団で魔王討伐に赴くのである。


「自分たちを守ると思っていた防衛費が、まさか王家の取り巻きたちの贅沢に消えていっていたなんてね」

「許せませんね。お嬢様」

「ウキウキで魔王討伐に向かったお父様が不思議で仕方なかったけど、これで納得したわ。マジ許せない!」


前世の記憶のせいで妙に納得してしまったリーシャに対して、ミラベルは本気で憤っていた。分かってはいたが、彼女の自然な純粋さに思わず「尊い……」と言って手を合わせそうになってしまい、慌てて取り繕った。


「ま、まあ。どうせこんなことだろうと思っていたわ! あ、そうだ! せっかくだし、私たちも思いっきり贅沢して美味しいものを食べにいこう!」

「あ、そうですね。すみません、気を遣わせてしまって……」


申し訳なさそうに落ち込んだ彼女をみて、「空気の読めるロリとか、なんという最強種!」などと不穏なことを考えていたら、心を見透かしたように一転してジト目になってリーシャを見た。


「なんか……酷く失礼なことを考えているように思ったのですが?」

「う、鋭いわね。ま、まあ、早くいきましょう」


リーシャたちは、気分を変えるために、街で一番の食事処に行くことにした。そこは、前世で言う料亭というような和風の建物であった。


ここの名物は『ホワイトキューブの温泉煮込み』とか『温泉卵蒸し』とのことであった。


「ホワイトキューブって何だろう?」

「ええと、白くて四角いプリンみたいな食べ物らしいですよ。お嬢様」

「プリンを煮込むのかぁ、美味しくなさそう……」

「なんかスプーンで掬ってタレにつけて食べるらしいですよ」

「まあ、よく分からないわね。まぁ、実物を見ればわかるでしょ。あとは温泉卵かあ。あれ美味しいんだよね。殻をむくのが面倒だけど」

「お嬢様。『温泉卵』ですよ。教えてもらった情報では殻とかはなさそうでしたけど」

「既にむいていあるのかな? それなら楽でいいね! あー、そんな話してたらお腹すいちゃった。早く入ろう!」


そう言って、二人を急かして中に入った。リーシャは国外に出る前に分け前をいただいてきて予算は十分にあったので、一番上のコースを注文した。


「うわー、おいしそう!」

「凄いですね、お嬢様」

「こんなすごい食事、王国では考えられない……。やはり、こんな贅沢をしていた父は死刑にすべき」


美味しい食事を前にして3人とも目が輝いていたが、父親に裏切られたミラベルの目はすぐに暗く澱み不穏なことを言いだした。


「まあまあ、せっかくだし楽しみましょうよ。えーと、それでホワイトキューブってどれかなぁ?」

「これですよ」


そう言って、マリアが指さしたのは温泉で一部が溶けていたが、どこをどう見ても湯豆腐であった。


「これって湯豆腐じゃない?!」

「ユドーフ? 知らない言葉ですね」

「えーと、古文書に書いてあったのよ? 舌の上でとろけるように柔らかくて、身体があったまる食べ物らしいわ」

「なんと、さすがお嬢様でございます」

「世界観がメタい割に、この辺で無駄にファンタジー色出すのやめて欲しいわ……。あとは温泉卵――ないわね」

「いえいえ、お嬢様。これが『温泉卵蒸し』ですよ」


そう言ってマリアが指さしたのは明らかに茶碗蒸しであった。リーシャは心の中でだけ「茶碗蒸しやん!」と叫んだ。さすがに、これ以上ボロを出すと言い訳できないと直感したのである。


「なんでも、溶き卵の中に色々な具材を入れて温泉で蒸したらしいですよ」

「それ、温泉要素要らなくね?」

「いやいや、なんでも温泉に含まれる魔力によって、ふっくらやわらかに仕上がるらしいですよ」

「ふぅん。まあ、いいや。早速食べましょうか!」


こうして、3人は王国では食べられないような美味しい料理を満喫したのだった。

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