閑話4 ゲスリア公爵の受難
「まったく、この国の貴族共は国民のことを、何だと思っているのか?!」
ゲスリア・スカーレットマーズは激高していた。彼は、アイネスの街の近くのダンジョンで大氾濫の兆しありという報告を受け、彼が調査に出向くことになったのである。なぜ、彼が直々に出向くことになったかと言うと、他の貴族たちは大氾濫で国民に多少の犠牲が出たとしても自分たちには影響がない、という理由で行くのを渋っていたためである。
そこを見るに耐えなくなった彼が名乗りを上げたのである。彼が名乗りを上げると、すぐさま受諾され、あっという間に調査のための準備が用意されたのであった。まるで、あらかじめ彼が調査に出向くことが分かっていたかのように。
彼も馬鹿ではないため、普段は何を言っても全く動かないし、動いたとしても遅すぎるという彼らが、ここまで手際よく動いたことを不審に思っていたが、自分が遅れることで国民に被害が及ぶことを許せなかった彼は、ひとまず乗ることにした。
出発当日、彼は念には念を入れて、一般の護衛だけでなく、彼の私設騎士団も同行させることにした。彼らは王国の中でも精鋭揃いで、不意打ちさえ受けなければ王国内でも負ける者はいないという程であった。ここまで準備をしていたため、彼は安心してアイネスの街へと向かっていた。
道中に襲われる危険も考慮し、定期的に索敵を行わせていたが特に怪しい人物を見つけることはなかった。彼は順調に進んでいることに安堵していた、その時、遠くの方から破裂音が聞こえた。そして、その直後、彼の意識は闇の底へと沈んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「一体どういうことだ?! ゲスリアのヤツが死んだだと?」
「はい、なんでも突然倒れられて、次の瞬間には頭から血を流して死んでいたらしいです」
暗殺者のリーダーが様子を見に行かせていた部下の報告を信じられない様子で訊いていた。彼は王都にある暗殺者ギルドの幹部で、王家の代理という者からゲスリア公爵の暗殺を請け負っていたのである。なんでも、彼は王国が国民から税金を搾り取っているのが気に入らないらしく、何度も依頼主に苦言を呈してきていたとのことである。
流石に目障りになってきたので、今回の調査に出向かせたタイミングで暗殺者ギルドに襲撃させる手筈であった。王国の経営は苦しいという噂だったが、いったいどこから工面したのか、5000万ゴールドを即金で用意してきたのである。
相手も相当に警戒しているだろうということで、人数は多いほど良いということで、足りなければ、善処すると言っていた。その言葉を丸々信じていたわけではないが、これだけの金額であれば、数百人規模で動員させることも可能であった。襲撃では同行している者は全員殺しても構わないが、確実にターゲットを殺すように言われていた。
相手の斥候も買収し、こちらは150人の精鋭を用意し、いざ襲い掛かろうとした矢先、突然元来た道を戻っていったのである。不審に思ったリーダーが斥候役の部下に様子を見に行かせたところ、ターゲットが突然死んだということであった。状況から考えて、殺されたことは間違いなかったが、どうやって殺されたかは相手側も全く分かっていないらしく、ひとまず立て直しのためにいったん王都に戻ることにしたらしい。
「馬鹿な! あの護衛の人数を搔い潜ってターゲットだけを暗殺するなど、できるわけがない!」
「ああ、もし、あの状況で殺したとしたら、相当な手練れに違いない。もし、そいつが俺たちの方に狙いを定めたら、何人死んでもおかしくないかもしれねぇ」
「そうだな。少なくともターゲットの死亡は確認したし、俺たちも撤収するぞ! 依頼主には俺たちがやったこととして報告をしておく。いいな?!」
「「「おう!」」」
こうして、暗殺者の集団も速やかに撤収してしまった。こうして、暗殺者たちが自分が暗殺したと報告してしまったことで、幸か不幸か、リーシャが疑われることはなくなったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お父様ぁぁ」
冷たくなって横たわる父親の前で、ユリア・スカーレットマーズは泣き崩れていた。生前、父親から王国に命を狙われている可能性があることを聞いていて覚悟をしていたつもりだったが、突然の訃報に心の準備ができているはずもなく、力なく泣き崩れることしかできなかった。
父は王国最後の良心と言われるほど、民から搾取するだけの貴族たちの中でただ一人、民に寄り添って統治していたのである。そのため、苦言を呈していた王家のみならず、他の貴族達からも恨みを買っていた。そんな父が彼女に対して懺悔するように話してくれたことがある。
「儂は、王国の良心と言われているが、先日、酷い過ちを犯してしまった。第一王子殿下の婚約者となったインディゴムーン公爵家の令嬢を殺そうとしたのだ。儂は王家と他の公爵家のような害悪がこれ以上力を持ってしまうのを恐れていた。だから、それを防ぐために彼女を亡き者としようとしたのだ。幸いにも、結果として無事だったとはいえ、酷い過ちを犯してしまったのだ。もし、儂が彼女に恨まれて殺されてしまったとしても仕方ないことをしてしまったのだ。ユリアよ、もし、儂が彼女に殺されたとしても恨まないと約束してくれ」
これが父親が彼女にした最初で最後のお願いだった。もちろん、父親を殺したのがリーシャであるという確証はない、しかし、彼女以上に父親に恨みを持つ人間が思い当たらなかった。父親との約束である以上、彼女を恨むことをするつもりはなかったが、それでも父親には、まだ生きていてほしかったと思っていた。
「その願い叶えてやろうか?」
「誰?」
「儂は魔王軍四天王が一人、バッシャールだ。お前が儂に従うというのなら、お前の父親を蘇らせてあげよう」
「父はリーシャ嬢に殺されたのでしょう? たとえ私が恨みを持っていなかったとしても、彼女を害してしまえば父との約束を反故にすることになってしまいます……」
「安心しろ。確かに父親を殺したのは、かの令嬢で間違いない。しかし、仮に彼女が殺さなかったとしても、父親が死ぬ運命は変わらなかったぞ。それに、儂は彼女に危害を加えるつもりはない」
「彼女でなくても殺されていたということですか? いったい誰が?!」
「王家の者だ。彼らは苦言を呈する父親をかねてより嫌っていたらしいな。今回の視察も王家が彼を暗殺するために仕組んだものだ。しかも、100人以上の暗殺者を雇うという念の入れようだ」
「まさか、王国自体が父を亡き者にしようとしていたとは」
「ははは、憎いか? だが、安心しろ。彼女が父親を殺したことで、付き従っていた連中は無傷で帰ってこれたのだからな。もし、彼女が殺していなかったら、ほとんど殺されていたぞ」
「そんな……酷い!」
「そうだ。この国は腐っている。そんな国に殺された父の仇を取りたいとは思わないか? そして、父親に生きていて欲しいと思わないか?」
バッシャールの甘言に疑いを持ちつつも、全てを失った彼女にとって、彼の提案はあまりにも魅力的過ぎたのだった。
「わかりました。あなたの提案を受け入れます。父親のこと頼みましたよ」
こうして、バッシャールの甘言により、ユリアは魔王軍の手下となり、ゲスリア公爵は新しい命を手に入れたのだった。こののち、二人は王国転覆のために暗躍をするのであった。
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