第29話 お祭り
合宿も5日目となり佳境となってきた。3人は30分程度の鍛錬はするものの、リーシャの強い希望により、海水浴をしたり、温泉に入ったり、部屋でゆっくりとお茶会をしたりと充実した日々を送っていた。
「ん-、極楽極楽! こんな日々が毎日続けばいいなぁ」
「お言葉ですが、リーシャ様。鍛錬をしないと体が衰えますよ」
「大丈夫よ、ミレイユは心配性なんだから」
確かに、一般的には鍛錬をしないと衰えるのだが、二人の強さはレベルによるものなので、また別の話である。筋トレなどの鍛錬は例えるなら長時間持続するバフのようなもので、継続的に行わないと衰えてしまう。しかし、レベルアップによる強化は基本的に衰えることがないのである。レベルを上げる方法はただ一つ、ひたすらモンスターと戦い、勝利することである。二人とも忍者部に入部してから、鍛錬と称して様々なモンスターとの実戦経験を積み重ねているため、だいぶレベルが上がってきていた。
「二人は知らないかもしれないけど、本当に強くなりたいのなら、一番の近道はモンスターを討伐することなのよ。モンスターたちは動物と違って、魔力を持っているんだけど、それを討伐することで魔力を自分のものにできるの。そうすることで人間の潜在能力を引き出すことができるのよね。そうやって得た力は余程のことが無い限り衰えることは無いわ」
「なるほど、もしかして最強と言われたユーティア殿下が弱く感じたのも、そのせいでしょうか?」
「そうよ、実際に第一王子はモンスターの魔力を吸収していない状態だと圧倒的に強いの。でも、こうやってモンスターを狩り続けることで、すぐにアイツを超えるくらいはできるようになるのよ。だから、短時間の鍛錬するだけで、あとはのんびりしていても、もの凄い勢いで強くなれるってわけ」
「そうだったのですね。リーシャ様の慧眼には恐れ入ります」
「さぁ、分かったら、残り2日ものんびりするのよ!」
「「はい!」」
二人ものんびりしていても問題ないということを理解してくれたことで、リーシャは一安心していた。しかし、その直後にユーノから差し出された1枚の紙で状況は一変する。
「あ、そう言えば、こんなチラシを貰ったのですが……。どう思われますか?」
そこには、近所の夏祭りについて書かれていた。驚くべきことに、打ち上げ花火まであるらしい。この世界では打ち上げ花火は非常に珍しいものである。魔法が発達した代償に科学が発達していないため、花火に必要な火薬製造や炎色反応についての知識がほとんどないためである。日本人としての記憶があるリーシャにとっては、打ち上げ花火が見れるとあっては、のんびりする訳にはいかなかった。
「もちろん、行くわ! 今日の夕方からお祭りで夜に打ち上げ花火ね。折角だし、お祭りから楽しんじゃいましょうか!」
「「了解!」」
こうして、3人はそそくさとお祭りに行く準備を始めたのだった。
夕方より少し前、ロビーには浴衣姿になった3人が集まっていた。日本のゲーム世界なので、世界観がファンタジーでも浴衣は普通に用意されており、ロビーにお祭りに行くことを伝えたら、浴衣ルームに案内されて自由に選べるようになっていた。どうも設定上は東にある帝国の先にイーストエンド島という島があって、そこでは日本文化に近いものが発展していたため、そこから輸入されたということらしい。
「それじゃあ、早速行きましょうか!」
「はい、ちょっと、足元がスース―して落ち着かないですけど」
「大丈夫よ、すぐ慣れるわ。ユーノもなかなか決まっているじゃない」
「はっ、ありがたきお言葉」
こうして、3人は宿から出てお祭りの会場へと向かった。
お祭り会場には、色々な出店が並んでいた。焼きそばやたこ焼き、お好み焼きにりんご飴、射的に鈴カステラ、大判焼きとクレープ、から揚げにフランクフルト、綿あめにチョコバナナ、イカ焼きにたい焼きと、目移りしそうなほどたくさんの屋台が並んでいた。
「しかし、まんま日本の出店の屋台ね。世界観台無しだわ」
「お嬢様、それは言ってはいけない決まりです」
どうやら、出店が西洋ファンタジーっぽくないことにツッコむのはご法度のようだった。リーシャとしても、慣れ親しんだ食べ物の方が良いので、特にこれ以上言及することはしなかった。
3人は両手に大量の料理を持ち、それらを食べながら屋台の間を歩いていった。色々な屋台に目移りしながら歩いていると、リーシャはお面を売っているお店を見つけた。そこには色々なお面がかかっていたが、1種類だけ、どこかで見たようなお面が売り場の半分を占めていた。
「このお面多すぎじゃないかしら?」
「いやいや、お客さん。これは今、王都で大人気の暗獄姫様のお面ですぜ。大人気で、こんだけあっても足りないくらいですわー」
まさかのリーシャ自身をモチーフにしたお面であった。どこかで見たことあると思ったら自分の顔だったというオチにショックを受けた。
「まあ、お姉さんなら、このお面は要らないでしょうけどね。よく似てて、まるで本物みたいだわ。わははは」
「ま、まあ、そうでしょうね……」
リーシャは苦笑いを浮かべながら、店主の話を受け流して聞いていた。すると、店の裏手の方から、女の子と男の子の声が聞こえてきた。
「暗獄姫ごっこするよ。私が暗獄姫で、あんたが盗賊ね」
「えー、また盗賊? 僕も暗獄姫がいい!」
「ダメよ。男が暗獄姫なんて、キモ過ぎるし! わかったら四つん這いになって!」
「もう……、今回だけだよ」
そんなやり取りをして、男の子が四つん這いになり、その上に女の子が跨っていった。そして、男の子はゆっくりと動き始める。
「遅い。もっとキリキリ走りなさい!」
「ええ、もう無理だよ」
「私は暗獄姫よ。痛い目見たいの?」
「うう……」
女の子の男の子に対する扱いの酷さに、リーシャは眩暈がした。確かに、あの時は盗賊の扱いが酷かったかもしれない。でも、あの時は彼らに馬を殺されて、代わりに彼らに引いてもらうしかなかったのだから仕方ないことなのであった。リーシャとしては、それをイジメを正当化する材料にされるのは良くないと思ったので、彼らを説得して、何とかやめさせることに成功したのだった。
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