第27話 合宿

「海だぁぁぁぁ!」


王都から馬車で10時間ほど、海沿いの街シーサイドに到着したリーシャは海を見て叫んだ。海はいい。押し寄せては返す波とそれによって生じる潮騒のオーケストラに彼女の心は自然と高鳴っていった。もっとも高鳴るのは心だけで、1日のほとんどをだらけて過ごそうという方向性は変わっていないのだが。


「暗獄姫様。おちついてくださいまし」

「そうだぞ、子供じゃないんだから」


彼女を嗜める二人もやや呆れ気味であった。


「いいじゃない。海なんだから、楽しまないとね! それと、暗獄姫呼びは禁止ね。同じ部活の仲間なんだから、ちゃんと名前で呼んで!」

「そんな恐れ多い――ですが、お望みでしたら、そう呼ばせていただきます。リーシャ様」

「わかった」


そろそろ同じ部活の仲間なのに暗獄姫呼びはどうかと思って切り出してみたが、あっさり受け入れてもらえたようで、彼女は満足気な表情になった。


「さて、宿に着いたら、まずは何をしようか?」

「「鍛錬!」」


最初に何をしようかと二人の希望を聞いてみたところ、揃って鍛錬と答える二人であった。リーシャは宿についてから少しゆっくりしたかったが、30分の縛りがあるので、面倒なことは先に終わらせる、ということで彼らの希望に沿うことにした。


3人は宿に到着し荷物を置くと、海――ではなく、近くの林に集合した。やる気のなさそうなリーシャに対して、二人は目を輝かせていた。


「それじゃあ、この林の中で2対1の戦闘訓練をします。武器は――この訓練用のものを使います。攻撃がクリーンヒットしたら両手を上げて60数えること、両手を上げている相手は攻撃したり追いかけたりしないこと、クリーンヒットを当てた回数が多い方が勝ち、ということで。武器は、ここに一式置いておくので、変えたい場合は両手を上げてここに来ること。当然、その間は攻撃禁止ね。武器を変えるのは良いけど、持ち歩く武器は1種類だけ。1種類であれば何本でも持ち歩いていいわ。そういうことで、5分後に開始ね。それじゃあ、散開!」


こうして、3人は模擬戦を開始した。ミレイユとユーノはそれなりの訓練を積んできているらしく、リーシャに切迫する場面も多々あったが、実戦経験の乏しい彼らでは、彼女の防御を突破することができず、逆に攻撃を貰うことが多かった。それでも、後半は二人で連携して攻撃を当てようとしてきたが、間に合わせの連携程度で崩せるほど彼女の防御は甘いものではなかった。


「ふう、鍛錬終了! お疲れ様っ!」

「うう、一本も取れないなんて……」

「くそ、つ、強すぎる……」


明るい声で終了を告げる彼女に対して、二人は疲れた様子で膝をついていた。そもそも、前世でプロの暗殺者としての経験を積んできた彼女にとって、エリートとはいえ学生が敵うわけもないのだが、そのことを知らない二人にとっては自信を失いかける程のショックであった。


「まあまあ、二人とも筋はいいから、すぐに追いつけるようになるわよ。そんなことより鍛錬が終わったんだし、海水浴でもしましょう!」

「……すみません、少し休憩してから戻りますので、お先に行ってください」

「わかったわ。ちゃんと戻ってくるのよ。鍛錬禁止だからね?」


そう言って、リーシャは一足先に宿に戻っていった。しかし、すぐに二人を待っていればよかったと後悔することになる。宿の前には大荷物をお付きの者に持たせた第一王子とアイリスが、ちょうどロビーで受付をしているところだった。


「第一王子?!」

「おう、来たか。待ちわびたぞ! お前がここで合宿していると聞いて、俺たちも子お前に合わせてやったんだ。ありがたいと思え」

「リーシャさん。すみません、殿下がここに来たいと言ってきかなくて……」


上から目線で言ってくるユーティア殿下とは対照的に、少し気落ちした様子で謝罪をしてくるアイリスであった。健気な様子のアイリスに同情しつつも、第一王子をもっとしっかり引き留めて欲しいと思うリーシャであった。


「それで……私は婚約者の浮気を見せつけられに来たんですかね? 見なかったことにしてあげますから、大人しく視界から消えてください!」


リーシャは第一王子を非難するも、当の本人は気にする様子が欠片もなかった。一方、隣のアイリスは自分が責められていると感じたのか、ますます委縮する。


「おいおい、またアイリスをイジメるつもりか? 俺の婚約者だったら、もう少し毅然としていろ!」

「何をおっしゃいますの? 私はアイリスではなく、その隣の第一王子ボンクラに言っているんですのよ。むしろ、彼女は被害者。同情することはあっても非難する理由はございませんわ」

「おいおい、お前の愛する婚約者様が誘惑されようとしているんだぞ? 非難くらいするもんじゃないのか?」

「愛する――第一王子は言葉の意味がよく分かっていないご様子ですね。別にあなたが彼女をどう思ってもかまいません。そもそも、私たちの婚約って親が決めたものですのよ。だから、見なかったことにしてあげると言っているのです。ありがたく私の視界から消えていただけますか?」

「ふん、素直じゃない奴め。あとで後悔するなよ!」


捨て台詞を残して立ち去る第一王子、とアイリス嬢であった。彼は勘違いしているようだが、自分の心に素直に従った結果、あの対応となっているのである。後悔のしようがあるはずもなかった。




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