第25話 中間試験対策

「くくく、ついに堕ちたか!」


リーシャは仲良く街に消えていった二人を満面の笑みで見送っていた。まるで悪役のようなセリフであるが、これでも一応は聖女である。まあ、彼女が聖女らしいセリフを言ったことは前世の記憶を取り戻してからは一度もないのだが。そんな聖女から悪役らしいセリフが出るほど、達成感に満足していた。


推測にはなるが、彼女は文化祭のあとユーティア殿下とアイリスが過ちを犯してしまったことを確信していた。今回は、それにダメ押しをするためのものである。先ほどの胞子は安眠させるものでもあるが、その加工によって、目が覚めてから最初に見た同族に愛情を抱かせるという効果もある。この効果を狙って、アイリスに殿下を起こす役目を与えたのだが、上手くやってくれたようである。


もし、仮に眠ったまま救護室に送られて、救護室の先生(男)に起こされようものなら、いろんな意味で大問題になっていただろう。さすがアイリス、さすがヒロインである。


こうして、部活勧誘騒動もひと段落ついたころ、学園内は中間試験の話題で一色だった。学園にも教科や試験があるが、科目は前世の頃と違っている。母国語や数学、地理、歴史はあるが、科学系統の科目が無く、代わりに剣術と魔法の実技試験がある。卒業までは、よほど成績が悪くない限り落第することはないが、逆に言えば、ここで油断していると、何年たっても卒業できないということになってしまう。そのため、1年の中間試験であっても手を抜くわけにはいかない事情があった。


リーシャは転生前の知識と、転生前の記憶が戻る前の知識が調和してきたことによって、座学は全く問題ないくらいの成績になっていた。剣術は剣術とは言いつつも、剣でなくてもよいため、前世の記憶を使えば問題ないと考えていた。そうなると、問題は魔法試験となる。入学時は調子に乗って地属性魔法を使ってしまった。その時は後で問題になることはなかったが、よくよく考えたら彼女は聖女であるので、光属性魔法で受けるべきだったのだ。今回の中間試験は光属性魔法で受ける必要があるのだが、彼女の適性は地属性魔法のため、光属性魔法はほとんど練習しておらず全く使えなかった。


「今から練習してもいいんだけど、適性ないから上達しにくいんだよね。どうしようかな――あ、そうだ」


悩んでいたリーシャは、あることに気付くとアイリスの元まで走っていった。


「ねえ、アイリスさん。いま空いてる?」

「あ、はい、大丈夫ですけど」

「それじゃ、ちょっと校舎裏まで顔を貸してもらえるかしら?」


こうして、リーシャはクラスメイトが見ている中、アイリスを校舎裏まで連れて行ったのである。ちらりと様子を窺がうと、アイリスは心なしか顔色が良くないようだったが、彼女も切羽詰まっているので、早速本題に入ることにした。


彼女と向き合い、大きくジャンプして――盛大に土下座したのである。


「お願いします! アイリス様。中間試験のためにアイリス様特製の魔石を譲ってください」

「えっ? えっっ?! えぇぇぇぇ?!」


魔石というのは大まかに分けて3種類ある。1つ目は魔力そのものが充填された魔石であり、これは自身の魔力を補填する時などに使うことができるほか、魔道具用の電池などとしても使える。2つ目は属性魔石と言って、特定の属性が宿った魔石である。これは衝撃を与えることで、あらかじめ宿っていた魔力から属性にあった効果を発揮させることができる。これは前回人形に入れて突風を巻き起こしたものである。3つ目はその人の魔力を込めた魔石である。基本的には属性魔石と同じなのだが、魔力がその人の特有の魔力を帯びる。これを人形に入れたのはリーシャの魔力を発するようにすることで誤認させるためであった。


今回、リーシャがアイリスにお願いしているのは、アイリスの作った魔石である。もちろん光属性の魔石でも良いのだが、特定できない魔力では試験を受けることができないためである。もちろん、アイリスの魔力で発動させるのもバレたら問題なのだが、個人の魔力との照合は試験では行わないはずなのでバレることは無いのである。


そこでリーシャはアイリスに魔石を作ってもらって、それを使って試験を受けようということであった。リーシャにとっては是が非でも受けてもらいたかったため、土下座までしたのだが、アイリスにとっては予想外だったらしく、非常に驚いていた。


「わ、わかりました。わかりましたから、土下座までしないでください!」


あたりを見回しながら、慌てたようにアイリスは言った。その言葉を聞いて、がばっと顔を上げると笑顔で立ち上がった。


「あ、ありがとう! 助かったわ。さすがはアイリスね」

「い、いえ、どういたしまして。私をイジメるためじゃなかったの?」

「なんで助けを求めようとしている相手をイジメないといけないんですの?」

「いや、だって私、ユーティア殿下と……」

「第一王子と? なにか問題でもありましたか?」

「い、いえ、なんでもありません!」

「そうですか、では、この件お願いしましたわよ」


そうして、呆然としていたアイリスを置いて、一足先に教室に戻った。遅れて、アイリスが呆然として「なんで? なんで?」と言いながら入ってきたため、暗獄姫がアイリスに制裁をしたという噂が流れることになったのである。


さらに、その日は一日中呆然としていたアイリスだったが、家に帰ってよくよく考えてみると、知っている展開と異なるものの、殿下は自分のことを愛してくれているので、問題ないと判断したようで、翌日にはすっきりしていたのである。おかげで、一部の人たちからは面の皮が厚い女と見られる一方、殿下のことを健気に愛する女と見られることも多くなり、リーシャはしばらくの間ご機嫌だった。

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