第24話 VS第一王子
「ちっ、小賢しいマネを」
ユーティア殿下は吐き捨てるように言った。彼は持ち前のステータスの高さから最初のタイミングでは彼女の動きを追えていたものの、本職ではないため、すぐに見失ってしまったのである。彼は現在、ユーティア殿下でありつつ、栗田優斗でもあった。リーシャが彼を優斗、と呼んだ時に彼の前世の記憶がよみがえったのである。
そんな彼がリーシャに執着している理由は、婚約者であることもある。しかし、それ以上に彼女の能力が役に立つと判断しているからであった。彼は王位を取るために、いずれは魔王討伐に赴かねばならないことを知っていた。そこに彼女がいれば、彼女に全てを任せ、自分は何もしなくても王になれるのでは、という算段があったのである。
そんな彼の思惑とは裏腹に、彼女はひたすら彼をアイリスとくっつけよう躍起になっているようだった。そのお陰で文化祭の時には衝動が抑えきれず、アイリスと一線を越えてしまうこととなったのである。一時の過ちとはいえ、既成事実を作ってしまった以上、婚約者としての縛りも場合によっては難しくなるだろう。そうなれば、魔王討伐を自力で行わなければいけなくなってしまう。自分の能力で、それを成し遂げるのは難しくないことは分かってはいるが、楽に目的を遂げるための
それゆえに、彼女と同じ部活に入ることで関係性を周囲にアピールすることができれば逆転の目があると考え、こうして入部試験を受けているのである。彼は自分の有能さは理解しており、その能力差で試験は余裕だろうと甘く見ていたが、現在、彼女を見失って時間だけが過ぎている状況であった。
「くそ、あと40分か!」
制限時間を考えたら、まだたったの20分しか経過していないのであるが、この20分で何も進展がなかったことから、徐々に焦りが生じていた。
「ふふふ、焦っておりますわね」
望遠鏡を覗きながらユーティア殿下の様子を窺がうリーシャは、彼の焦る様子にご満悦だった。こうして彼女が遠くから様子を窺がっているのも、彼を焦らせることによって冷静な判断力を奪うことが目的であった。もちろん、彼が焦って苛立つさまを見るのが楽しいというのもあるが、それはオマケみたいなものである。
「まあ、時間切れ狙いでも良いんですけど、せっかくですし、一泡吹かせて差し上げますわ」
昏い笑みを浮かべて、彼女は黄色い粉が入った大きな袋を見る。この粉は通称ネムリダケという茸の胞子を集めたものである。通常は睡眠を与える毒物として扱われるが、これは特殊な加工をしており、安眠を与える薬にしてある。勇者の血筋は、その能力により毒物に高い耐性を持っているのだが、例外として薬に関しては効果が出ないということになっている。その彼の耐性を突破させるための加工である。
その粉と風の魔石、そして彼女の力を込めた魔石をあらかじめ作っておいた『リーシャちゃん人形』に詰め込む。この人形は中が空になっていて、周囲は薄い石材を使っている。もっとも、冷静であれば本物ではないことはバレバレなのだが、そのために彼を焦らせているのである。
そして残り5分となり、彼の焦りがピークに達した頃、彼の予測進路上に人形を設置しておく。予想通り、人形を本物と勘違いした殿下は迷わず剣を振り下ろした。
バキィ、という音がして人形が割れる。その音に違和感を感じた殿下は一気に冷静になった。
「なんだ、これは?! ニセモノ?」
ユーティア殿下がそう言った瞬間、人形の周囲に突風が巻き起こり、中に入った胞子が辺り一帯に充満する。
「なんだこれは! まさか……罠、だと?!」
その言葉を最後に彼は倒れた。そして、心地よい眠りの中で制限時間を突破したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「殿下? 殿下、起きてください!」
その声にユーティア殿下は深い眠りから覚めた。そして、試験中だったことを思い出して慌てて立ち上がる。
「おい、ここはどこだ? 試験はどうなった?!」
彼を起こしたアイリスに詰め寄る。アイリスは笑顔で答えた。
「えーと、さっきリーシャさんにお会いしまして、殿下が入部試験中に行方がわからなくなったから、探すのを手伝ってほしいと頼まれたんです。そしたら、ここで倒れられた殿下を発見して、慌てて呼びかけてしまいました。でも、ご無事そうでよかったです」
「それで、試験はどうなった?!」
「えーと、リーシャさんに手伝うように言われたときに聞いたんですけど、試験は無事に終わって2名の方が入部されたそうです。殿下は残念ながら、時間内に達成できなかったので、不合格だそうです」
「く、くそがぁぁ!」
「でも、安心してください。私はいつでも殿下の味方です。彼女は婚約者かもしれませんが、私は殿下と想いを通じ合わせた仲です。ずっと殿下のお力になります。ですから、今日も一緒に帰りませんか?」
「そ、そうか。そうだな……。良いだろう、帰りにまた、あそこに寄っていこうか」
「はい、嬉しいです」
そう言って、ユーティア殿下とアイリスは学園の街の中に消えていったのだった。
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