第14話 ドレス選び

「お嬢様、大変でございます」


大氾濫の依頼を終えて一息ついていたリーシャの元に、侍女のマリアが慌てた様子で駆け込んできた。


「なに? いったいどうしたの?」

「大変でございます。お嬢様の二つ名が『光王国の暗黒姫』から『光王国の暗獄姫あんごくひめ』に変わっております!」

「何それ?! どうやったらさらに酷くなるのよ!」

「それがですね。前回の大氾濫の時に、最後に火柱を上げましたよね。それを見ていた者がいたらしく。その後、ダンジョン跡を見に行ったら地中深くまで大穴が開いておりまして。アイネスの街の住人からは地獄の大穴と呼ばれるようになってしまい。お嬢様が大氾濫を制圧するために、地獄の大穴から地獄の炎を召喚したと思われているようなんですよ」

「ちょっと待って! こじつけ酷すぎじゃない? あそこは廃坑ダンジョンなんだから地中深くまで穴があってもおかしくないでしょう?!」

「それだけなら、そう言う話になったんですけど。火柱を見られたのと暗黒姫の名声が絶妙にマッチしてしまったらしく。巷では聖女として天界に仕えながら地獄をも意のままに操る最凶の姫とか言われております」

「ちょっ。それどうにかならないの?」

「申し訳ございません。噂が広まってしまっているのもあるのですが、その噂を王家と公爵家がバックアップしておりまして、もはや止める術がございません」

「くそっ、あいつら――お金欲しさに」


悔しいが、公爵令嬢のリーシャの立場では、王家と実の親に共謀されては手の出しようがないのだった。悔しさのあまり歯噛みしていた彼女の様子を窺がっていたマリアだったが、ふと思い出したように手を打つ。


「あ、そうでした。2週間後に王家主催のお茶会が開かれます。こちらは上位貴族が学園入学する前の顔合わせみたいなものです。婚約者であるユーティア殿下もいらっしゃいますし、参加なされてはいかがでしょうか?」

「そうね、確かにユーティア殿下と会ってないわね。顔ぐらい拝んであげてもいいから、参加するって伝えておいてちょうだい」

「かしこまりました。お嬢様」


そう言ってマリアは一礼して部屋から出ていった。ユーティア殿下はリーシャの記憶では結構なイケメンだったので、だいぶ期待が持てそうである。とはいえ、ゲームではリーシャは最終的に婚約破棄されてしまうので、それを知っている彼女にとっては、どうでも良い存在となっていた。せいぜい、彼の不興を買わないように立ち回ればいいや、程度に考えていたのだが――のちに、その考えが甘かったことを身をもって知ることになるのである。


お茶会とは言っても、貴族が普段行うような情報収集のためのお茶会と異なり、今回はある意味、お披露目の場となるお茶会となる。ゆえに、どの家も、この日のお茶会のためにオーダーメイドのドレスを仕立てている。当然、インディゴムーン家も2か月以上前からオーダーメイドのドレスを注文していたはずなのだが……。


「このドレスは何なんですの?!みんな真っ黒じゃないですか!」

「いやー、お前に似合うと思って、急遽変更したんだぞ! もちろん、仕立て屋の方から提案されたというのもあるが……」


彼女の父であるクラウゼル・インディゴムーンは自信満々であった。明らかに暗黒姫の噂に仕立て屋と一緒に乗っかったのがミエミエであるが――よりによって、候補のドレスを全部黒にするとか狂ってる――とリーシャは辟易していた。この世界も前世と変わりなく、黒のドレスは基本的に葬儀などで着るものである。いくら例の噂があるからと言って、お茶会に喪服を着ていくアホがどこにいるというのか。


「もういいですわ、お父様。仕方ありませんので、前に使っていたドレスから選ぶことにいたします」

「な、なんだって?! せっかく作ったのに、それは酷いんじゃないか? 暗黒姫、もとい暗獄姫のイメージにピッタリなドレスに仕立てたんだぞ!」

「お気持ちはわかりますが、黒は喪服でしてよ。そんな服をハレのお茶会に着ていくとか正気を疑われてもおかしくありませんでしてよ」

「だ、大丈夫だ! 王家にも了解は取ってあるし、噂のこともあって既に正気と思われていないから」

「お父様? 傷口に塩を塗るという言葉をご存知ですか? あなたは! 実の娘を! そんなに貶めたいのですか?!」


彼女の気も知らないで、黒のドレスを平然と勧めてくる父親に少しキレてしまった。同時に殺気も漏れたらしく、速攻で委縮してしまった。なお、父親は別のものも漏れてしまったらしく、執事に連れられて慌てて部屋に戻っていってしまった。


「ということですので、当日はこのドレスで参りますわ」


彼女は無難な少し明るい青みがかったドレスをクローゼットから取り出して、宣言した。さすがのマリアも黒のドレスでお茶会はヤバいと思ったのか、彼女の選んだドレスを一緒に推してくれた。持つべきものは優秀な侍女である。


その後、別の服を着て戻ってきたクラウゼルは、しおしおになりながら、新調した黒のドレスを全て片付けていくが、その手が途中で止まった。


「も、喪服ってことなら、一着ぐらいは必要だろう? こ、これなんかいいんじゃないかな?」


そう言いながら彼が掲げたドレスは黒いだけでなく、形が前世で日曜の朝にやっているアニメに出てきそうな魔法少女的なものだった。彼女はドレスがこれだけあって、なんで一番最悪のものを選ぶのかと呆れていた。


「それは一番ありえませんわ。どうせ選ぶなら、こちらの落ち着いたものにしてくださいまし」

「はあ、これじゃあ。インパクトが足りないんだよなぁ」

「何か言いまして?」

「いや、な、なんでもない!」


彼女が選びなおしたドレスにぼやいた父親を問い詰めると、慌てたように同意するのだった。

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