第10話 聖女の真実

ジョンが帰った後、私は恐ろしい事実に真っ白に燃え尽きていた。

聖女見習いである私は、まだ燃えるような状況にはなっていないにも関わらず、である。


「しかし、そんなヤバい仕事が人気なんて、世の中わからんわぁ」

「何を仰いますか。王妃であるという立場もそうですが、聖女というのは王国建国という偉業の流れを汲む名誉のあることなのですよ」

「その程度の名誉に、人が群がる理由がわからないよ……」

「聖女に選ばれるということは、建国に携わった初代聖女の生まれ変わりとしても見られますからね」

「そんな人が、なんで酷使されてるのかわからんよ……」

「それは、初代様もそうですが、王国に身を捧げて反映の礎となったからですよ。聖女様の献身こそが王国を支えているのです」


この国の人の認識としては、マリアの方が正常なんだろうけど、前世の記憶を持っている私にとっては、単に都合のいい奴隷にしか見えなかった。

もっとも、前世においても傍目にはキラキラ職業なんだけど、実際に働いてみたら超絶ブラックな職業なんていうのはよくあることだったので、そのこと自体には驚きはなかった。


「なんで私は聖女になろうとしたのかしら? やっぱり外面に騙されていたのかしら」


よりによって自分自身がブラックな世界に片足を突っ込んでいることに驚いていたのである。


「いえいえ、お嬢様は現聖女様の献身さに心を打たれて、聖女になりたいと仰ったのではないですか。あの頃のお嬢様は今と違ってお淑やかでしたからね」


なぜか懐かしそうに目を細めながら語るマリアだが、明らかに深入りしてはまずいと思い、話題を変えることにした。


「人は大人になると、子供の頃の純粋さを失っていくものなのよ」

「お嬢様……まだ未成年では?」


もうすぐ成人ではあるものの、確かに今はまだ未成年である。


「聖女見習いなんてやっていたら、純粋さなんて……あっという間に蒸発してしまうわ。そういえば、聖女って給料はどのくらいになるの?」

「給料? 私たちのような雇われではありませんので、給料はありませんよ。でも、衣食住は問題ないはずです」

「娯楽は?」

「聖女様には、そのような庶民の雑事は不要と言われていますね。もっとも、そんな時間もないでしょうけど。まあ、王子様というか国王様限定ですが毎晩のように子作りがありますので、それが娯楽になるんでしょうね」

「それは娯楽とは言わん気がするわ」


前世とは違うのは理解しているので、スマホとかゲームとかないのはわかるのだが……。

聖女の真実を知った今となっては、聖女がまるで後継者製造装置にしか見えなかった。

今の私には目の前に聖女という一本のレールしかなかったが、これを何とかできないかと考え始めていた。


「そういえば、この世界って前世にあった乙女ゲームの世界に近いのよね」

「オトメゲーム?! なんですか、それは」

「簡単に言うと、平民の女性が王族や、その取り巻き達を寝取るために試行錯誤するゲームよ」

「なんと、不埒な。そのようなものがあったのですね」


憤るマリアだが、この世界は基本的に男性優位なため、女性が相手を選ぶというのが気に入らないのだろう。

今の私からしてみれば、冗談みたいな話ではあるが。


「私が夢に見たゲームの世界が、この王国と同じ感じなのよ。そこで私は偽聖女、まあ実際に偽だけどね、として断罪されてしまうことがあるのよね」

「お嬢様が断罪?! それは許せませんね。発禁にしなければ」

「だから、夢の中の話だって。それで断罪された私は国外追放になってしまうのよ」

「なんと酷い。お嬢様が国外に追放されたら1時間で死んでしまいますわ!」


マリアは私のことを時間制限付きの特撮ヒーローか何かと思っているのだろうか……。


「大丈夫よ、こう見えて、サバイバルの知識もあるし、追放されても普通に生きていけるわ。むしろ、このまま聖女になってしまったら、それこそ死んでしまうわ」

「お嬢様。人は働きすぎても死にませんよ。ましてや回復魔法もありますしね」

「ノー、絶対にノーよ! 死ななくても一生休みなく働き続けるなんて無理だわ。というわけで、私は夢に出てきたみたいに国外追放を目指すわ。断罪こそが私が生き延びるための唯一の道なのよ!」


断罪される方が生き残れるとは、自分で言っていても意味がわからないと思わなくもないが、このまま聖女になってしまったら前世と同じように死ぬまでこき使われることは容易に理解できた。


「まだ、ゲームのシナリオ的には本編に入ってすらいないけど、ゲスリア公爵も大怪我したし――というか死んだはずなんだけど――、ある程度はシナリオ通りに進んでいるはずよ。このまま、主人公であるアイリスに第一王子を押し付けてしまえば、私は晴れて自由の身よ!」

「そんなに上手くいきますかねぇ」

「私を見くびってもらっちゃ困るわ。あのゲームのイベントは全て網羅してあるし、第一王子の攻略ルートに関しても完璧よ! 目を瞑っていてもクリアできるわ」

「左様でございますか……。しかし、攻略するのはお嬢様ではなくて、アイリスという方ではないのですか? お嬢様が攻略したら、そのまま聖女まっしぐらですよね」


私はマリアの言葉にハッとした。

確かに私は完璧に攻略できるだけの情報を持っている。

しかし、攻略しなければいけないのは私ではなくアイリスなのである。


「ま、まあ、いざとなったら私がアイリスをうまく誘導すればいいかな……。それはさておき、大氾濫対策の準備も整えないとね」


私は、こんなこともあろうかと密かに開発を進めていたグレネードランチャーもどきを手に取ってみた。


「お嬢様。こちらは?」

「これは、グレネードランチャーって言って、簡単に言うと爆弾を大量にばらまくための武器よ。イメージとしては爆弾用の弓みたいな感じね」

「先日、「これ以上は殺さない」と言いつつ、こんなものを作っていたんですね」

「人に使わなければオッケーだしね。作るだけなら問題ないですよ」


そうして、私は鞄にグレネードランチャーを、空いたスペースと乗っていく馬車の中に専用のグレネードを大量に準備しておいた。


翌日、私たちは護衛の馬車と2台でアイネスへと向かった。

アイネスは位置的には王都からだとナルビリアの先にあるため、初日にナルビリアまで行き一泊することにした。


「ナルビリアは久々ですね。この途中で盗賊に襲われてから、私の運命は変わった気がします!」

「そうですね。あの時以来、お嬢様もすっかりたくましくなられて――嬉しくもありますが、お嬢様のご先祖の方々のことを思うと複雑です……」


翌朝、ナルビリアを出発した私たちは、その日の昼過ぎにアイネスへと到着した。

前回と異なり、今回は平穏そのものであった。


「やはり護衛の質の違いでしょうかね。今回は何も起きませんでした」

「言っておきますが、何も起きないのが普通ですよ?」


盗賊団を単身で壊滅させた挙句、奴隷のように何時間にもわたって馬車を引かせた狂乱令嬢という噂が周辺の盗賊団に広まっていて、この日、その狂乱令嬢が王都からアイネスへと向かうという情報が出回ったことにより、全ての盗賊団が活動を停止していたことを、私は後になって知るのであった。

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