第11話 行路

平穏にナルビリアに到着したリーシャは馬車から降りて門番に挨拶をした。


「お久しぶりです。お仕事お疲れ様です」

「お、この間のお嬢さんじゃないですかい。お元気でございましたか? いやー、お嬢様のお陰で、この辺りの治安もだいぶ良くなりまして助かっております」

「そ、そうなんですね。大したことはしていないと思いますが」

「そんなことはないですよ。この辺りで暴れていた盗賊団を壊滅させただけでなく、彼らを馬として馬車を引かせるなんて、悪人とはいえ、人を人とも思わない所業でした。おかげで、この辺り一帯の盗賊団が軒並み大人しくなったんです。まさに白王国の暗黒姫です」

「なにそれ? 初耳なんだけど」

「ホワイトナイト王国にあって、闇と破壊と苦痛を司る姫という意味ですよ。まさしく、あの時のお嬢様そのものです」

「あの時は、盗賊たちに馬を殺されちゃったんで……仕方なく責任を取ってもらっただけなんだけどなぁ。なんで、私の方が悪みたいになったんだろ」


偽聖女とはいえ、表向きは聖女見習いなのに――いつの間にか、魔王のような二つ名がつけられていたことにリーシャは驚きを隠せなかった。


「お嬢様、当然の結果ですよ。さすがでございます」

「マリア、あなたは私の侍女だよね?」

「はい、お嬢様の一番の理解者でございます」


驚愕していたリーシャにマリアは追い打ちをかけられ、さらに凹むのだった。


門のところで打ちのめされたリーシャに代わって、マリアが宿までの指示をだしてくれたので、滞りなく宿にたどり着くことができたのだが――。


「歓迎のされ方が異常すぎるんですが。どうしてこうなった?!」

「それがですね。どうやら領民に重税を課していた領主を成敗したことになっているようで……。それに尾ひれがついて、この街の救世主になっているみたいです」

「どういうことやねん!」


リーシャはあまりの超展開についていけず、思わず関西弁モドキでツッコミをいれてしまった。何しろ、いつ準備したのか分からない『歓迎!暗黒姫リーシャ様』とか『♡暗黒姫リーシャ様♡』とか『救世の英雄!暗黒姫の帰還!』などの横断幕を掲げた人たちが、横断幕を持っていない人は両手に小さい旗を振りながら門から宿までの通りの脇に並んでいたのである。さながらパレードのように走る馬車の左右にどこから湧いてきたのか大勢の人が彼女の来訪に合わせて集まってきたのである。


「良かったじゃないですか。大人気ですよ」

「人気なのは良いんだけど――。これってゆっくり休めなくない?」

「そのあたりはご心配いりません。朝の9時から夕方の5時までと決まっているようですので。もちろん残業禁止だそうです」


最近ブラックな話を聞いたばかりのせいか、マリアの言葉に妙な安心感を覚えてしまうリーシャであった。翌朝、前日と同じように領民の盛大な見送りを受けながら、馬車はアイネスへと向かっていく。暗黒姫については納得いかない部分も多かったが、そのお陰で安心して移動できるのはありがたかった。


「うーん、平和だねぇ」

「ですねぇ。あ、これクッキーです」


リーシャはゆるふわな表情でマリアの差し出したクッキーをボリボリと食べる。襲撃が無いのは良いことなのだが、今のリーシャにとっては退屈でしかなかった。


「少しくらい襲撃があってもいいんだけどねぇ」

「まあ、王国中で知名度がストップ高らしいので、襲ってくる輩は相当な間抜けくらいかと」


そんな気の抜けた会話をしていると、「襲撃だ!」という叫び声が上がった。


リーシャは一瞬だけ耳を疑ったものの、どうやら本当らしいので、ナイフを片手に馬車から飛び出していった。


「来たー! どこだ悪い奴らは?!」


そう言いながら周囲を見回すと、完全に囲まれていた。彼女はこれはヤバそうと思ったが、逆に彼女の姿を見た盗賊の方に動揺が広がった。


「あいつは――まさか暗黒姫?! ヤバい逃げるぞ!」

「おいおい、まだ死にたくないんだが?!」

「ひぃぃぃ、たすけてぇぇぇ」

「お前ら、たった一人に何をびびってやがんでい! こら、逃げるな!」


数人ほど生きの良さそうなのがいたが、それ以外の盗賊はまるではぐれメタルのように気づいたらいなくなっていた。逃げるのが早すぎて最初からいなかったと錯覚しそうである。


「何が暗黒姫だ! 俺たちだって伊達に修羅場を潜っているわけじゃねぇ。お前ら、行くぞ!」


そう言って一斉にリーシャに襲い掛かってくるも、所詮は素人に毛の生えた程度の実力なので、彼女に敵う訳もなく。10秒後には全員倒れ伏していた。


「あー、少し気晴らしになったわ。馬車の中、暇だったんだよね」

「馬鹿な! 俺たちですら手も足も出ないだと?!」

「やっぱり逃げればよかった! 俺は馬車馬になって働きたくない!」


リーシャが体を動かしてすっきりしたのと対照的に、やられた盗賊たちは死刑台に立つ囚人のようであった。


「ちょっと、私は聖女なのよ。そんな酷いことするわけないじゃない! 風評被害よ! あの時は盗賊の人が馬車の馬を殺しちゃったから、仕方なく馬車を引いてもらっただけで、普段はそんな酷いことはしないからね! いい? ちゃんとリーシャ・インディゴムーンは真の聖女のように清らかで慈愛に満ちているって宣伝するのよ! わかった?!」


彼女の必死の主張に理解を得られたのか、盗賊たちは首がもげそうなほど縦に振っていた。それをみて、大丈夫そうだと判断した彼女は盗賊たちを解放してあげることにした。


「これからは悪いことしちゃダメよ。人間、まじめに生きなきゃね」

「お嬢様――説得力が全くありませんよ」


首を縦に振る機械と化した盗賊たちに忠告をして満足げな表情だったが、マリアの言葉にショックを受けるリーシャだった。


そんな些細なトラブルがあったものの、馬車は無事にアイネスの街へとたどり着いたのだった。

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