第8話 狙撃

「食えない男だわ」


 先ほどのアレクの様子を思い出しながら呟いた。

 明らかに彼は私がギルドに潜入してくることを知っていた。

 それだけではなく、私が潜入するのに合わせて見張りの人間を経験の浅い人間に変えていた。


 どこから彼の手の平の上だったのか、おそらくはギルドメンバーに詳細を聞くところも、下手をすれば私が聞き取りを行った盗賊すらも彼の手の内だったのかもしれない。

 しかし、考えたところで結論は出ないと思い、それ以上考えるのはやめた。


「やっぱり黒幕はゲスリア公爵だったのね。あいつも早いうちに何とかしておかないといけないのよね。あとあと魔王側に寝返るはずだし」


 ゲーム内では、ゲスリア公爵は大怪我を負ってしまい、その時に怪我を治療することと引き換えに魔王に魂を売ってしまうのである。

 また、彼の娘であるユリア・スカーレットマーズも父親の治療の対価として魔王の手先として、働くことになる。

 そして、第二王子であるガイゼル・クリスタの婚約者となって王国を裏から操ろうと暗躍しようとしたが、主人公の愛の力(笑)によりガイゼル・クリスタは主人公に傾倒し、ユリアもリーシャ同様に断罪されてしまうのである。


 主人公がガイゼル殿下を攻略しなかった場合には断罪を回避できるのだが、その場合は主人公たちが魔王討伐に向かった際にガイゼル殿下を焚きつけて、主人公たちを亡き者にしようとするのだが、揃って返り討ちにされてしまうのである。

 しかし、彼女は元々は悪い人間ではなく、むしろ純粋で人当たりも良く、学園でも男女問わず人気であった。

 そんな彼女が魔王討伐の妨害といった悪事を働くようになったのも、偏に彼女の父親ゲスリア公爵の治療のためであった。


「彼女は本当にいい子なんだよね。ゲーム内だとどう転んでも悲惨な最期になっちゃうけど……。これもあのクソ親父ゲスリア公爵が大怪我を負ったのが悪いんだよね……。いっそのこと、ここであいつを消しておかないと!」


 私は意を決して、マリアに用意してもらったポーションをがぶ飲みしながら、ミスリルを整形して記憶を元に部品を作っていった。

 今回作るのは、比較的近代的な銃を作ろうとしているので、部品の数が多くなってしまう。

 しかし、飛距離と精度を考えると妥協はできなかった。


 何とか部品を作り終えると、私はそれを組み合わせて大型のライフルを作り上げた。

 今回参考にしたのはVSSというロシア製のライフルである。

 その構造はミハエル・カラシニコフの設計したAK-74を踏襲しており、近代銃器の中では比較的構造がシンプルで作りやすいのである。

 技術的な再現は難しいものの、推定される有効射程距離は100mを超え、サイレンサーも標準装備させる予定である。

 射程距離はそこまで長くはないものの、この世界の遠距離攻撃手段である弓や魔法に比べれば、格段に暗殺向きである。

 弓は弾道が山なりになる上に、射程距離もせいぜい40m程度だし、魔法は距離が離れるほど必要とされる魔力が多くなるため、まともに使うのであれば20m程度だろう。

 それを考えれば、この性能でも破格だと言える。

 

「さてと、試し打ちでもしてこようかな」


 私は夜中ではあるが、屋敷を抜け出して王都の近くの森に向かった。

 夜であることもあり、あまり遠くから狙撃はできないが、動物に気づかれない距離から狙撃する分には問題なさそうだった。

 取り付けてあるサイレンサーもミスリル製ということもあり、銃としては驚くほど発砲音を抑えることができるだけでなく、重量も半分以下で取り回しもしやすくなっていた。

 威力もイノシシ程度の中型の獣を一発で仕留められる程度にはあり、問題はないように思えた。


 私は銃の出来に満足すると、こっそりと自分の部屋に戻った。

 さすがに巡回の警備がいるが、自分が抜け出したことがばれている様子はなかった。


 期待したレベルの銃が無事に完成したため、翌日から私は機を窺うためにゲスリア公爵の動向を探っていた。

 幸いにも、私自身が公爵令嬢であり、かつ聖女見習いであったことから、重臣である彼の動向を探ることに違和感を持たれることはなかった。

 彼の予定を調べた結果、4日後に王国北端の街アイネスで非公式の会談を行うらしいとのことであった。

 非公式ということもあり護衛も少ない人数で向かうらしく、決行するにはまたとない機会であった。


「非公式で会談って、どうせ私が無事に戻ってきたから、次の手を打とうとしているに違いないわ。やはり。ここで仕留めるしかなさそうね」


 私は彼が次の手を打つタイミングに間に合ったと思い、自らの幸運に感謝していた。

 当然ながら、私を酷使する王国が崇拝する諸悪の根源である光の神に感謝するようなことはするつもりはなかった。


 4日後、私は馬車が通るであろう街道の脇にある高台の上にある茂みの中で待機していた。

 しばらく待機していると、遠くの方から彼の馬車と思しき一団が街道を進んできていたので、私は一番豪華な馬車を引いている馬の頭を狙って引き金を引いた。


 バシュン


 サイレンサーのおかげで、気の抜けたような銃声と共に一発の銃弾が馬の頭に命中し、その命を奪った。

 倒れ伏した馬に一団の警戒が強くなり、護衛が馬車から降りて周囲を捜索し始めた。

 魔法が使われたと思われたのか、魔法使いと思しき護衛が痕跡を探るために魔法を使ったようだが、しばらくして首を横に振った。

 護衛の一人が彼の馬車の扉を開けてしばらくすると、馬車の中からゲスリア公爵本人が護衛に囲まれながら降りてきた。

 馬を潰されたことで、おそらく護衛の馬車に移動するつもりなのだろう。


 私はそれを見て、静かに高台から降り、高台の下にある茂みに潜り込んだ。

 この世界の人間に狙撃という概念はないと思うので、スコープの光で見つかることはないと思うが念のためである。


「ふっ、そんな囲み方じゃあ、守っていないのと変わらないわ。頭の守りがスカスカよ」


 そう呟きながら、私は茂みの中から馬車を移動しようとしている彼の頭を狙って引き金を引いた。


 バシュン


 再び気の抜けたような音と共に一発の銃弾が彼の頭に命中し、その命を奪った。


 護衛達は慌てつつも、ぐったりとした彼の身体を馬に乗せて王都へと駆けて行った。

 残った護衛達は襲撃者である私を探すために周囲に展開していったが、彼らとの距離は優に100mはある上に、彼らには銃と言う概念がないため、私の所までたどり着けることはないだろう。

 かといって、彼らが諦めるまで待つ必要もないため、私は極力目立たないようにして王都へと戻ることにした。


「これでゲスリア公爵はいなくなったし、ユリアちゃんも怪我の治療のために魔王に従う必要もなくなったわね。よし、一件落着だ!」


 後日、私は父に呼ばれて、ゲスリア公爵が大怪我を負ったという話を聞いた。

 何でも、非公式の会談に向かう際に、正体不明の攻撃を受けて、生死の境をさまよっていたとのことだったが、幸いにも優秀なヒーラーが見つかり事なきを得たとのことであった。

 その後、すぐに職務にも復帰されたとのことだったが、怪我の後遺症のせいか、ずっと顔色が悪いとのことで、職務の一部をインディゴムーン公爵家が引き継ぐことになったらしい。


「お前にも、少しは手伝ってもらわないとな。お前もそろそろ一人前だし、仕事を覚え始めても良い頃だろう」

「そもそも、彼は生きているのですか?酷い大怪我で、まず助からないだろうという噂を聞いたのですが……」

「そこは光の神の御加護だろう。顔色こそ良くはないが、既に精力的に執務をこなしているぞ。しかも、以前は我々の意見と対立することが多かったのだが、復帰されてからは人が変わったかのように我々にも協力的になったそうだ。そのお陰もあって、彼の娘さんは第二王子であるガイゼル殿下と婚約することになったそうだぞ」


 私は、確かに彼の頭を撃ちぬいた。

 あれは、どう足掻いても即死だろう、回復などできるはずがない。

 しかも、人が変わったようになって、ユリアは第二王子と婚約したという事実によって、ゲームのストーリー通りに展開が進んでいることにめまいを覚えた。

 既に、ゲスリア公爵とユリアは魔王の手先となっているのだろう。

 そして、その原因となったのが、他でもない自分であるということを。


「ああ、それで引き継いだ仕事なんだけど、そこにある書類の山があるよね。それを全部明日までに処理しておいてね。最初は大変だろうけど、そのうち慣れるから」

「え? あの書類の山?!」


 めまいを覚えていた私は、父の声に現実に引き戻される。

 その現実には、数百枚はあろうかという書類が机の上にうず高く積まれていた。


「あれ、明日までなんて無理ですわー」

「大丈夫だ、今はまだ昼間だし、1日は24時間あるからね。まだ締め切りまで36時間ある」

「えーと、休みは?」

「終わらせてから存分に取るといいだろう。まあ、明日また別の仕事が来る予定だけどね。これも貴族としての務めだと思って頑張ってくれたまえ」


 そう言って、私は書類の山を持たされた。

 別の意味で、私はふらつく足取りで自分の部屋に戻った。


「まさか、私が暗殺しようとすることがゲームのストーリーだったなんて……。しかも、大量の仕事を押し付けられるし……。一件落着どころか、状況が悪化してるわぁぁ!」


 私は自室で大量の書類の山を目の前に叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る