第7話 追及
私は今、ボロい服を着た少年のような恰好をして、王都の裏通りにあるとある酒場にやってきていた。
この酒場は先日、襲撃してきた盗賊たちから聞いた依頼人と連絡を取る際に利用する場所らしかった。
私は、酒場のマスターに合言葉を伝えると、私は空いている席に座って待つことにした。
しばらくして、フードを被った男が私の座っている席の向かい側に座る。
「待たせたな。それで首尾はどうだ?」
「ああ、無事に仕留めたぞ。それで報酬の残りはちゃんと払ってくれるんだろうな?」
「心配するな。こちらに用意してある」
そう言って、男は私の目の前に金貨の入った袋を3つ置いた。
「へへ、それじゃあ、頂くぜ」
私がその袋を取ろうとした瞬間、男はナイフを私に突きつけてきた。
「貴様、何者だ? 貴様らが失敗していることを知らないとでも思ったのか?」
どうやら、私が偽物であることは既にわかっていたようだ。
「それは、あなたには関係ないこと、よっ!」
椅子を後ろに倒し、バク転の要領で距離を取りつつ足で男の手に持ったナイフを蹴り飛ばした。
「チッ、敵だ!」
男がそう叫ぶと、酒場のマスターと他にもう一人いた客が私を取り囲もうとしてきた。
「痛い目を見たくなかったら、大人しくしろ!」
酒場のマスターは、私にナイフを突きつけながら言ってきた。
「痛い目を見るのはそっちよ」
私は素早く屈むと、そいつの足を払い、バランスを崩した酒場のマスターは地面に倒れる。
次いで、もう一人の男の急所を狙って蹴り上げると、もんどりうって倒れてしまった。
「さて、それじゃあ、本題に入りましょうか」
私は依頼人に微笑みかけた。
依頼人の男は暗殺者ギルドのメンバーだった。
今回の件をギルドマスターに依頼され、私の視察のルート近くにある盗賊団を使って襲撃させたということであった。
私の立場上、暗殺だとわかるような方法が使えなかったため、このような手段を取ったとのことであった。
男も依頼について、それ以上は知らなかったため、私は男にアジトの場所を教えるように言った。
しかし、男はそれを教えたら自分の身が危ないと言ってきたため、報酬として100万ゴールド分の金貨が入った袋を出した。
それでも首を縦に振らなかったため、私は200万ゴールド、300万ゴールド、と金貨が入った袋を男の前に並べて行った。
そして、私が450万ゴールドを提示したところで、酒場のマスターだった男が話に割り込んできた。
「おい、もういいじゃねーか。こんだけあれば3人で分けても十分すぎる金額だ! ここで渋って他の奴らの所に行ったところで、俺たちはどっちにしても疑われる。だったら、ここで妥協した方がいいんじゃねーか?」
「むむ、そうだな。わかった。それじゃあ、ギルドの場所を教えてやる」
「ふふ、毎度あり!」
こうして、私は多少の手痛い出費はあったものの、無事に暗殺者ギルドの場所を手に入れた。
数日後、私は手に入れた情報を元に暗殺者ギルドの建物に潜入を試みていた。
ここにいるはずの暗殺者ギルドのマスターに、今回の件について詳しく話を聞くためである。
一度ターゲットになった私が出向いて話を聞けるのかと、疑問に思うかもしれないが、その点は問題ない。
そもそも、暗殺者にとって殺すことは仕事、すなわちお金を稼ぐ手段でしかないのだが、それも割に合うことが大前提である。
しかし、私は単身で盗賊団を壊滅するほどの力を持っていることを把握しているはずである。
それであれば、私に仕掛けることは割に合わないと思われていて、話し合いに応じてくれる可能性が高いとみていた。
「警備も甘いし、特に罠とかも仕掛けてあるわけでもなし……。これって本当に暗殺者ギルドなのかしら。まあ、違っていたら仕方ないけど、とりあえずギルドマスターを見つけてしまいましょ」
警備が甘いとは言え人数がそれなりにいることから、こんな辺鄙な場所にある建物には似つかわしくないほど警戒が必要な建物であることがうかがえた。
しかし、人数が多いだけで練度はそこまででもないらしく、動きは単調であった。
そのおかげもあって、特に困難に会うこともなく建物の奥へと進んでいく。
「これが一流と言われる――暗殺ギルドの実態なの。甘すぎるわね」
こうして、私は一番奥の部屋へとたどり着いた。
ここまでノーキル・ノーアラートというパーフェクトな潜入といえる。
「ふふふ、これは私も伝説の傭兵とか言われるんじゃないかしら?」
そんな冗談を呟きつつ、部屋の扉をノックして、物陰に隠れた。
しばらくは何の反応もなかったが、突如として部屋の中から火球が扉を吹き飛ばしながら飛び出してきた。
「うへー、こいつは容赦ない奴だわ。いや、イカレタ奴かもしれないわね」
それから少し遅れて一人の男が部屋の中から壊れた扉を踏み越えて廊下に出てきた。
背は高く体型は太っているわけでも痩せているわけでもない。
顔は整っているが、その顔に似合わず、醸し出す雰囲気は如何にも裏社会の人間であるとわかるものであった。
「ちっ、僅かに殺気がしたから吹き飛ばしてみたが、逃げられたか――ドアも安くないんだけどな」
私は扉をノックした時、ほぼ完全に殺気を消していたという自負がある。
しかし、あの男は私のわずかな殺気すらも捉えて、攻撃をしてきたようである。
その攻撃方法も火球で扉ごと吹き飛ばすというイカレタものであったことから、私は油断のならない相手だと判断した。
しかし油断がならないとは言え、このまま様子を窺っている方が見つかる危険性が高いと考えた私は素早く行動に移すことにした。
男が部屋に戻ったタイミングで入り口の脇に移動し、今度は明確に殺気を放つ。
予想通り、部屋の中から呪文を唱える声が聞こえたので、その詠唱に合わせて、私も魔法を使った。
「――
「――
二人の魔法が同時に発動する。男が火球を放った瞬間、その攻撃を遮るかのように彼の前に巨大な金属の壁が出現した。
どごぉぉん!
私は爆発に巻き込まれないように作り出した壁の裏側に回り、爆発が収まったところで、周囲に立ち込めた煙に紛れて男の背後に回った。
「誰だ?!」
男がそう言うよりも早く、その首を羽交い絞めにした。
「大人しくして。正直に話せば命までは奪わない」
「ああ、わかったわかった、降参だ。何でも聞くがいいさ」
私の脅迫めいた要求に、しかし男は事も無げに手を上に挙げてひらひらと振りながら緊張感のない様子で答えた。
何か裏があるのではないかと警戒を強めたが、そんなことは関係ないとばかりに平然としながら言葉を続ける。
「おっと、何もしないさ。俺たちもプロだからな。今、あんたとやり合って飯のタネを潰すよりも、ここはお互い穏便に済ませて依頼される可能性を上げる方が美味しいからな。どうせ、あんたは色々なところで恨まれてるんだろ?」
「……! もしかして、私の素性を知ってッ?!」
「確信があったわけじゃあないけどな。 それに先ほどまでの動き――明らかに一般人じゃないだろ? あんたとやり合っても勝負は良くて5分、生憎ギャンブルは嫌いなんでね」
「そうね。じゃあ、私の暗殺依頼を受けた依頼主を教えてくれるかしら?」
「おーけーおーけー、あれの依頼主はスカーレットマーズ公爵だ。どうせ予想はついていたんだろ? わざわざ、こんな面倒なことしなくてもいいじゃねーか。まったく……」
呆れたように言いながら、事も無げに私の拘束から抜け出すと、部屋の机の前に置かれた椅子に腰かけた。
そして、胸元のポケットから煙草を出すと、おもむろに吸い始めた。
一回、煙を吐き出すと、私の方を非難めいた目で見ながら話を続ける。
「あーあ、せっかくの机と椅子もメチャクチャだよ。損失いくらになるんかなー。もうちょっと穏便に入ってきてくれれば、無駄な出費をしなくて済んだのになー」
「あーあー、何を言っているのかしらね。この部屋めちゃくちゃにしたのはアンタの魔法じゃない」
「そうだけど、穏便に入ってきてくれれば、俺だってこんなことはしなかったさ」
「あーもー、どうせ払うまでネチネチ言うつもりでしょ」
私は当てつけのように10万ゴールド分の金貨の入った袋を放り投げる。
「おっと、毎度あり。いやー、催促したようで悪いねぇ。これはありがたく頂戴しとくから、もう帰っていいぞ。他の奴らには伝えておいたから、問題なく帰れるはずだ」
男は早く帰れとばかりに手を振った。
「ああ、自己紹介を忘れていたね。俺の名前はアレク・ヒューゴだ。暗殺者ギルドのマスターをやっている。以後お見知りおきを」
アレクはニヤニヤと笑いながら、私が立ち去るのを見送っていた。
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