第6話 汚泥スライム?
私の前で蠢くヘドロの塊のような生物を見た護衛達が騒ぎ出した。
「
私は、そのモンスターに聞き覚えがあった。
それは前世のゲームに出てきて、ホワイトナイト王国の半分を飲み込んだモンスターである。
生ける災厄であり「暴食なる不浄」と言われるモンスターで、ゲーム内では魔王が王国を滅ぼすために送り込んだ刺客だとされていた。
ゲーム内では、見た目はスライムのようであるが、スライムと異なり弱点がないため、物理攻撃無効という厄介なモンスターであった。
それだけでなく、その体から噴き出す悪臭によって、毒、麻痺、混乱、沈黙、暗闇、呪い、鈍足などの様々なバッドステータスを与えてくる。
さらには、飲み込んだ人間をマッドマンという下僕にしてしまい、それらを倒しながら戦わなければいけないという、超高難易度のモンスターなのである。
基本的に戦っても勝てないモンスターのため、遭遇したら逃げる一択と言われていた。
そうやって王国の半分を飲み込み、王都も犠牲になろうとしたところで、主人公であるアイリスが現在の聖女である王妃から
「これは……勝てるのだろうか?」
私の前世の知識をもってしても攻略法の見えない相手、それが毒沼の王である。
しかも、私の属性は光属性ではなく地属性のため、ゲームでやっていたような撃退方法は不可能であった。
「しかし……。思ったよりも小さくないですかね?」
目の前にいるそれは、どう考えても王国の半分を飲み込めるほどとは思えなかった。
「いやいや、これでも普通のものより10倍は大きいんだが……」
「でも、こんな大きさじゃ王国の半分は飲み込めませんよね?」
「……? 何を言っているんだ? そんな災厄みたいなモンスターなわけないだろう」
「え?! 生ける災厄って言われているんじゃないんですか?」
「そんなわけないだろう。瘴気溜まりから自然発生するようなモンスターで、厄介な相手ではあるが倒せないわけじゃない」
私のゲームの記憶は当てにならないこともあるようだ、と天を仰いだ。
「それじゃあ、サクッと倒しちゃってください」
「いや、無理なんだが? 10倍は大きいって言っただろ、倒せないわけじゃないって言ったのは、もっと小さいやつだ」
どうやら、この大きさでも倒すのは難しいらしい。
「物理攻撃は効かないが、魔法武器とかなら効果はある。でも、この大きさじゃ、魔法武器でも焼け石に水だろうな」
「大きければいいんですか?」
「ああ、そうだが……。あの大きさの奴に効きそうな大きさの武器なんて扱えねーよ」
どうやら、巨大な魔法武器が作れれば倒すのは可能らしい。
と、そこで昨日の実験を思い出した。
「マリア、さっきみたいにサポートよろしく」
「かしこまりました。お嬢様」
マリアが私の側に来たのを見て、再び呪文を唱え始める。
「――
私はポーションをがぶ飲みしつつ、魔石の魔力の助けもあり、毒沼の王の頭上に直径10mほどの巨大な円柱を作り出した。
その円柱は、昨日実験で作り出したミスリルである。この鉱石は魔法鉱石と言われ、これで作るだけで魔法武器となるお手軽金属なのであった。
もっとも、金属自体は非常に貴重なので、この大きさの塊を用意するには、王国の年間予算まるまる必要になるくらいはかかるはずだ。
そんな貴重な金属で作られた巨大な円柱は、重力に従って毒沼の王を圧し潰した。
ずぅぅぅぅん――「ぐぼぉぅぅぅぁぁぁ!」
円柱が落ちた衝撃が周囲に響き渡ると同時に、よく分からない断末魔の叫びのような音が聞こえてきた。
周りには黒いシミのようなものが円柱の下から染み出てきていたが、それもすぐに消えてしまった。
「げっぷぅぅ……。何とか倒しきれましたー。もう、お腹がタプンタプンですわー。」
「お嬢様……。もう少し令嬢らしい振る舞いをお願いします」
「無理ぃ―、それ無理だから。私も限界まで頑張ったんだからね」
マリアに咎められたけど、限界までポーションがぶ飲みしたからしょうがないよね?
彼女には、もう少し私の頑張りを認めて欲しいところなんだけど。
「それはそうと、この円柱はいったい……?」
「これは
「まあ、それはそうなんだが……。この大きさのミスリルはやばいんじゃないか? 下手したら王国が買えるくらいあるぞ?」
実際には1年分くらいかな、という感じなので、王国を買うのは無理だろうけど、確かに、これが見つかったらえらい騒ぎになりそうだった。
「うーん、消したいんだけど、今日の所は倒すまでで限界だから、後で消しておきますわ。」
「まあ、ちょっともったいない気もするけどな……」
「明日までは残っていますから、こっそり持って行ってもいいですよ?」
「さすがにミスリルは切り取れんしな。それにこの大きさだ、持ち運ぶのも苦労するだろうけど、売るのも苦労しそうだし、遠慮しとくわ」
さすがに、もったいないと思いつつも、これを持っていく気にはなれないようだった。
「さて、これで湖の方は片付いたかな。あとは問題の原因を何とかしないとね」
私はみんなを引き連れて、屋敷の裏手に向かった。
「ああ、これこれ。これを何とかすればいいのよね」
そこには領主の屋敷の排水管があり、脂ぎった汚水が滝のように湖に注がれていた。
「これは……。やばい水ですね。どうしますか? お嬢様」
「もちろん、塞ぐのよ。――
私は魔法で排水管の出口を鉱石で覆った。
塞がれた排水管からは、もう湖に汚水が流れ込むことは無くなった。
「これで全部片付いたわね。それじゃあ、戻りましょうか」
無事に依頼を完遂した私たちは、意気揚々と領主の屋敷へと戻っていった。
屋敷の玄関前には、先日と同じように領主が立っていた――この領主、暇すぎ?
彼の顔には「どうせ今度も駄目だったんだろ? なら賠償だ!」と書いてあったので、無視して屋敷の中に入ろうとしたが、領主が声を荒げながら呼び止めてきた。
「おい、無視するな! どうせ今度も駄目だったんだろ? なら賠償だ!」
「何をおっしゃいますか、全て解決したから戻ってきたのですよ。そういう領主様こそ、こんなところで何時間も立っていて……暇なのでしょうか?」
「暇なわけがあるか! 忙しいに決まっているだろう! だが、この依頼は領民の生活が懸かっておるのだ! 何時間でも待って当然だろうが!」
私は領主が、何もせず部下が仕事を終わらせるのを待つだけで仕事をした感を出す無能上司と重なって見えた。
他のみんなも同じように考えていたらしく、一同呆れたような表情で領主を見ていた。
「なんだ、その目は! 儂は依頼主だぞ! 依頼した仕事が終わるまで待つのが仕事になるのが当然だろう!」
「まあ、領主様の言い訳なんてどうでもいいです。時間の無駄なんで。依頼は無事に終わりましたよ。今の湖はごみ一つ、生物一匹すらもいないきれいな湖になっているはずですわ。ついでに、この原因についても対応しておりますので、以後は湖が汚染されることはなくなるでしょう」
私の報告に対して、疑わしげに見る領主だが、そんな視線など全く気にしない自信満々な態度に何も言えなくなっていた。
「ふん、終わったなら、とっとと帰れ、馬車はお前の報奨金から馬を用意してあるから問題なく帰れるはずだ!」
「おっと、帰る前に報酬はきっちり払ってくださいね。それと、報奨金は馬を買っても余るはずですよね? 余りはちょろまかさないでくださいね」
私は努めて笑顔で言うと、領主は顔面崩壊したんじゃないかってくらい酷い顔をしながら睨みつけてきた。
しかし、脂肪の塊の睨みなど毒沼の王に比べたらゴミみたいなものなので、私は涼しい顔をしながら領主の返事を待っていた。
「ぐぬぬぬ、わかった。報酬の500万ゴールドと報奨金の余りで1万ゴールドだ! 持っていきやがれ!」
「あらあら、報奨金は全部で10万ゴールドだったはずですよ。馬だけで9万ゴールドもかかったのですか? そんないい馬だとでも?」
「ヴヴヴヴヴ、馬は5万ゴールドだから余りは5万ゴールドだ! それで文句ないな! 受け取ったらとっとと帰れ!」
遂に壊れてしまった領主から合計505万ゴールドを受け取り、私たちは王都へと馬車で戻るのであった。
帰り道は特に何もなく、無事に王都へとたどり着き、疲れていたが、すぐに王宮へと向かい、今回の顛末を報告した。
往路の道中で盗賊に襲撃され、危うく殺されるところだったこと、私が誠心誠意の説得を試みたことにより盗賊たちが改心し、自ら進んでナルビリアの衛兵にこと、湖が汚染されていたこと、汚染の塊がモンスターになったこと、そして、汚染の原因が領主の館であったことなどを大まかに説明した。
その説明を受けて、国王はナルビリアに追って調査隊を派遣することを約束して、謁見が終わった。
既に日も落ちていたため、国王より王宮で翌朝まで休むか確認されたが、遠慮して自宅である公爵邸に戻ることにした。
「――そう言えば、何か忘れているような気がするわね。まあ、覚えていないってことは大したことではないのでしょう」
「そうですね、お嬢様。まもなく公爵邸です。つきましたら、すぐにお休みの準備をいたします」
「マリアもお疲れなのにありがとうね」
「いえいえ、お嬢様のためであれば、大したことはございません」
公爵邸に戻った私は、疲労もあり、すぐに寝付いてしまった。
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