第4話 領主の依頼

 領主の館の食堂は、漫画なんかでよく見る、広い部屋に細長い大きなテーブルが一つ設置されていて、その上には白いテーブルクロスがかけられており、奥と左右に椅子がきれいに並べられてるというものであった。

 席には奥から領主、その奥さん、そして子供3人、そしてマリアがすでに席についていた。

 基本的には侍女は主人と食事席を同じにしないというルールがあるのだが、マリアは聖女である私の補佐役も兼ねているため、こういった場でも同席することができるのであった。


 領主であるデュークも、その妻も言っちゃ悪いが、脂肪の塊のような外見をしていた。

 そのせいか、身なりはきれいなはずなのに、体臭が非常にきつく、あまりお近づきになりたくない人たちなのであった。

 今回は領主に子供が3人いたために、二人から距離を置くことができて安心して食事ができそうである。

 あの二人の隣だと、おいしい料理もまずくなるというものである。


 この世界は、水属性の魔法があって、それによって体を清潔に保つことができるため、意外と衛生面はしっかりしている。

 領主たちも例にもれず、体は清潔なようだが、彼らのあふれんばかりの体脂肪が常時体臭を作り出しているのであった。

 そして、よく見ると二人の顔も体脂肪によって、まるでロウでも塗ったのではないかと思われるほどテカっていた。


「こうして間近でみると、あの凄さが良く分かるわね」

「まあ、凄いですけども……。それ以上はいけませんよ。お嬢様」


 どうやら、彼らの体脂肪について触れるのはNGだったようだ。


「まあ、食事の席で、あの腐海から離れられただけでも感謝しなきゃね」


 私の言葉に領主夫妻を除いた全員の表情が凍り付いた。

 マリアですら、何もツッコめないほどダイレクトな話題だったらしい。

 当の領主夫妻は言葉の意味が全く分かっていないようで、不思議そうな表情をしていた。


 食事の前に、王国の主神である光の神に祈りを捧げる。

 どこかで聞いたような神の言葉を唱えて、食事を始める。

 食事は、この世界の基準でいえば、非常に豪勢なものでテーブルいっぱいに皿が並べられていた。


「なるほど、この食事こそが諸悪の根源……」


 私は、テーブルの上に所狭しと並べられた料理を見て、そう呟いた。

 メインは豚の丸焼きだし、魚にはバターと生クリームでできた濃厚なソースがこれでもかと掛けられているし、サラダに至っては、野菜とマヨネーズのどちらがメインなのかわからないほど大量のマヨネーズがかけられていたのであった。


「ちなみに、普段から、このようなお食事をされているのでしょうか?」


 私は領主に恐る恐る訊いてみた。


「いえいえ、今日はお客様がいらっしゃるということで、豪華な料理を用意しているだけですよ。はっはっは」

「そ、そうなんですね。では普段はどのような、お料理を?」


 どうやら毎日、このような食事ではないらしいと少し安心して、雑談のつもりで普段の食事についても訊いてみた。


「普段は、メインがチーズフォンデュになるんですよ。知っています? 溶かしたチーズをパンとか野菜に付けて食べるんです」

「えーと、違いはそれだけですか?」

「はい、さすがに豚の丸焼きを普段から食べるほど裕福ではありませんよ」


 まさか、普段から脂肪満載の料理を食べていたとは……。


「わたし、もっとあっさりしたものが食べたいよ」

「ぼくも、なんかいつも油の味しかしないんだもん」


 どうやら、この料理に不満があるのは、私だけでは無いようであった。

 子供たちに勇気づけられた私は、領主に希望を伝えることにした。


「私も、塩と胡椒であっさりした味付けにして欲しいのですが……」

「なんと、聖女様のお口にも合いませんでしたか……。仕方ない、子供たちの分と合わせて代わりの料理を頼む」


 領主は子供たちの分と一緒に私にもあっさり目の料理を用意してくれるようだった。

 もっとも、当の領主は「こんなにおいしい料理なのに、味の薄い料理を希望するなんて」と言いたそうな、信じられないという表情をしていた。

 いやいや、信じられないのは、こんなものを毎日食べているアンタらだよ、と言いたかったが、我慢して笑顔で返した。

 一方の子供たちからは、普段は要求が聞き入れられないのだろう、希望を伝えただけの私に対して、尊敬のまなざしを向けてきた。


「これは……領主が死ぬのが先か、あるいは子供たちが領主のようになるのが先か、という戦いなのね」


 私は誰にも聞こえないように呟いた、つもりだったが、どうやら後ろに控えている執事や侍女の人には聞こえていたらしく、笑い出すのを堪えているように見えた。


 そうして、食事もだいたい終わりになってきたところで、領主が本題を切り出してきた。


「さて、肝心の依頼なのですが……」


 領主の話す内容は、言い訳じみた話が多く内容はほとんど無かった。

 つまるところ、言いたかったのは「屋敷の裏手にある湖から瘴気が発生するようになったので、何とかしてほしい」というものであった。

 それだけの用件について、この街は資源が豊富だとか、湖は領内の貴重な水源だから早く解決しないととか、人が減って税収が減って困るとか、贅沢ができなくなると困るとか、どうでもいい話を間に挟んできたおかげで、私は話の途中で度々意識が飛びそうになった。

 というか、実際に飛んでいたこともある気がする。


 前世においても、「コーチョーセンセー」なる人の話は無駄が多く長くて、眠くなったり、意識が飛んだりするだけでなく、暑さにやられて倒れる人も出るという恐ろしいものらしいのだが、今の領主の話は、まさにそれを彷彿とさせるものであった。

 話をするだけで人を殺せるというのは、前世が暗殺者であった私には興味深い話であるが、生憎と無駄が嫌いな私には不可能な方法だと思われた。


 一通り話し終えた領主の様子を窺うと、私に話したことで自分の責任は全うしたという表情をしていた。

 おおかた、あとは私が頑張って解決させるだけなので、上手くいかなかったら責任は私たちにあると言うつもりだろう。

 まさに領主は、無能な上司という生き物の典型であった。

 私は、ただ責任だけ押し付けられても癪なので、意趣返しをすることにした。


「それで――この依頼の報酬はどれくらいになるのでしょうか?」


 そう聞くと、領主は彼女の顔を信じられないような目で見る。


「報酬ですと? 神に仕える者が報酬を要求するなど恥ずかしいと思わないのですか?」

「神に仕えているとか関係ありませんわ。正当な対価を要求するのは人として最低限の権利でしてよ。それとも、領民から富を奪っておいて、領民のためには一銭も出せないということですか? はてさて、どっちが恥ずかしいのでしょうかね」

「ぐぬぬぬ。わ、わかった、では解決したら成功報酬で5万ゴールドを出そう」


 神に仕えて達成感を得られているからお金など不要だろうと思われているのか、あるいは、宗教という組織としてもお金を集めているから、それで十分だろうと思われているのか、安く買い叩こうとしてきたので、いっそのこと吹っ掛けることにした。


「うふふ、ご冗談がお好きですこと。桁が1つ違いますわ。最低でも50万ゴールドは頂きませんと。加えて道中の馬車と護衛の調達費もなども含めると、最低でも100万ゴールドは必要ですわ」


 笑顔で領主に告げると、彼の顔は一度真っ青になり、そして、すぐに真っ赤になった。


「ふざけるな! ちょっと魔法を使うだけで50万ゴールドとかぼったくりではないか! そんな1日もかからない仕事に、そんなに払えるわけないだろう!」

「その、ちょっと魔法を使うために、私たちは小さいころから時間とお金をかけてきているのです。それを考えれば、500万ゴールドでも安いくらいですわ。まあ、払えないというのであれば私たちは帰るまでですよ。あとはご自分で何とかしてください。」

「ぐぬぬ。わかった、では100万ゴールドを出すから、きっちり解決しろ!」

「え? 御冗談を――私は先ほど500万ゴールドと申し上げたのですよ。100万ゴールドは最低でも、という話です」

「ぐぬぬぬ、くそっ、わかった500万ゴールドを出してやるわ。その代わり絶対に解決しろよ! できませんとか言ったら――倍返しだ! 1000万ゴールド払ってもらう!」


 そう言って、歓迎の晩餐はギスギスした雰囲気で幕を閉じたのだった。幸いだったのは領主がリーシャたちを怒りに任せて追い出さなかったことだろうか。

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