第3話 前世の記憶
領主の馬車は私たちの馬車ほどではなかったが、それなりに快適であった。
まあ、公爵家の馬車と比べては可哀そうだと思うが。
そうして、馬車に揺られながら20分ほど走ると領主の館に到着した。
馬車の窓から外の様子を窺うと玄関の前に領主と彼の執事や侍女たちが並んで待っていた。
玄関前に馬車が乗り付けられたので、私たちは馬車から降りた。
すると、領主と思しき人が一歩前に出て話しかけてきた。
「ようこそおいでくださいました、聖女様。この度は私どものお願いを聞いていただきありがとうございます。私はこの街の領主をしております、デューク・ナルビリアと申します。以後お見知りおきを。」
そう言って一礼してから右に避けて玄関へと案内する。
「時間も遅いですが、晩餐までしばらくお部屋にてお寛ぎください。依頼の詳細につきましては晩餐の時にでも……。ロバート、頼んだぞ」
「かしこまりました。ご主人様。皆様、どうぞこちらへ」
執事のロバートが一歩、私たちの前に出て部屋まで案内してくれた。
案内された部屋はリビングからバストイレまで完備しており、日本のホテルで言えばロイヤルスイート並みの広さがあった。
「ふふん、これだけの部屋だったら、待った甲斐があるってものだわ」
そう言って、私はリビングにあるふかふかのソファに座った。
そして、先ほどの記憶の奔流について整理することにした。
この記憶の奔流は、断言はできないが前世の記憶だと思われた。
こうして全く別人の記憶が自分の中にあるにも関わらず、まったく違和感なく受け入れられているのが、その証拠であった。
私の前世は、どうやら日本という国で暗殺者をしていたらしい。
知識だけでなく身のこなしや立ち回りなども継承されているようで、先ほどの大立ち回りも前世の記憶の助けあってのものだろうと思った。
前世の私のいた世界は、魔法ではなく科学というものが発達していて、まるで魔法のようなことをできる道具がいくつも存在していたようだ。
この知識も私の属性である地属性と相性が良いと考えていた。
「地属性って派手さはないんだけど、物を作りだすことができるのよね」
他の属性は基本的に現象を発現させるものが多いため、地属性のように物質的なものを作り出すことは難しいのである。
唯一、その中でも水属性だけが純粋な水を作り出せるだけであり、創造という意味では地属性のような万能さはなかった。
しかしながら、火属性のように広範囲の敵を焼き払ったり、光属性や水属性のように回復系魔法を使えるわけではないため、低く見られていた。
派手さがなく戦果をアピールしにくいという意味でも、貴族向きの属性ではないと考えられていて、それが余計に地属性を低く見られる理由となっていた。
「でも、さっき使ってみた感じ、色々と便利そうな属性なんだけどなあ。やっぱり地味だからかな。――
そういって、リーシャは手のひらの上に白い石を作り出した。それをテーブルの上に置くと、今度は同じように黄色い石を作り出した。
「うーん、イメージさえしっかりできていれば思い通りの石を作れるみたいね。前世の記憶を頼りに作ってみたけど、特に問題なさそうだし、意外と役に立ちそうな気がするわ」
先ほど作り出した硝石と硫黄を見て呟いた。
そして、今度は黒い石、鉄を作り出してみた。
「うーん、純度も限りなく100%に近いみたいだし、悪くないかも。科学の力でも純度の高い金属は簡単には作れないしね」
作り出した石を見ながら、私は他の魔法についても思い出してみた。
「――
白い石と黄色い石を粉に、黒い石を筒状と球状の物体に変化させる。
「こっちの粉には木炭が必要かな。これは買わないとダメかも。鉄の方は、もう少し練習が必要みたいね。まあ、そのうち作れるようになるでしょ。――
課題は残っているが、とりあえずは上々の成果を得られて満足したので、作り出した物を消しておいた。
この魔法は、どうやら自分で作り出したものにしか効果が無いようで、部屋にあるものに使ってみても何も起きなかった。
「これが何でも消せればなぁ。どこにでも侵入できるようになるんだけど。まあ、しょうがないかな。」
ここまで試して、いろいろとできそうなことが分かったので、最後に一つ試したいことをやってみることにした。
再び魔法を使うと、今度は白銀色の石と赤金色の石が作られた。
その2つの石は、先ほどまでのものと異なり、薄っすらと光を放っていた。
「うわー、こんなものまで作れるんだ。こっちが
ダメ元で作ってみた金属が、あっさりと作れてしまったので、作った本人である私自身が驚いていた。
それっぽくは見えるものの、本物かわからなかったため、とりあえず後で鑑定してもらおうと鞄の中に放り込んでおくことにした。
「さて、魔法はこのくらいにして……。この世界と私自身についてだね」
前世の記憶を漁っている中で、全く別の世界である前世の記憶の中に、この世界と私自身の記憶があったことに驚いた。
記憶があったと言っても、現実の記憶ではなくて、前世のゲームの記憶ではあるのだが……。
そのゲームは主人公の女性を操作して、イケメンキャラたちを攻略する、いわゆる乙女ゲームと呼ばれるものであった。
主人公のアイリスは平民ではあったものの、類稀なる光属性魔法の素質を持っていたため、特待生として王立クリステラ学園へと通うことになった。
そこには、王国の第一王子であるユーティア・クリスタ、第二王子であるガイゼル・クリスタ、宰相の息子であり5大公爵家の御曹司であるロナルド・コバルトジュピター、そして、騎士団長の息子であり本人も次期騎士団長として頭角を現しつつあったクロード・ブルーダイヤも通っており、彼らと学園生活を共に過ごす中で愛を育んでいき、恋人同士になるというゲームである。
一方のリーシャは第一王子の婚約者として登場し、アイリスが第一王子との仲を深めようとすると妨害してくる、いわゆる悪役令嬢であった。
第一王子と恋人同士になるルート、第一王子ルートか逆ハーレムルートに進んだ場合、リーシャは最終的に偽聖女だと糾弾されて国外追放となってしまうのである。
「偽聖女として糾弾されるって、強引に聖女見習いにしたのはお前たちやん」
私は、あまりの自分勝手な言い分に、思わず前世の記憶にツッコミを入れてしまった。
アイリスは、そのあと選んだ相手と魔王討伐に行き、真実の愛の力によって無事に魔王を倒し、その功績によって、アイリスは王妃、すなわち聖女となって、王国を平和と繁栄に導いていくというものらしかったが、どうでもいいことであった。
「何より、強引に聖女見習いにしておいて、偽物だと騙っていたと言われるのはありえないわ」
これがいわゆるマッチポンプか、などと憤ってみたものの、結局のところ自分の運命はアイリスの行動次第になりそうなので、手の打ちようがなかった。
「まあ、婚約者であるユーティア殿下をしっかりキープしておけば問題ないかな。でも、できるなら聖女見習いを今すぐ辞めたいくらいなんだけどね」
聖女、すなわち王国の王妃となれば、少しはマシな生活ができるのかもしれないけど……と思ってはみたが、王妃の実態が見えていない以上、過度の期待をすることはできなかった。
「何より、ゲームのストーリーに従うなら、王妃になるのはアイリスだけなんだよね」
自分が糾弾されなかったら、それで解決かというと、そういう話でもないのであった。
ストーリーに従えば、魔王討伐するのはアイリスと、アイリスの選んだ恋人になるので、聖女見習いから聖女になるのはアイリスだけである。
言い換えれば、糾弾されなければ、私は一生聖女見習いとして酷使されるということであった。
「ないわ、それは絶対ないわ」
私の心は糾弾されて国外追放一択になっていた。
マッチポンプで糾弾されるのは業腹だが、一生酷使されることに比べれば一時のことであるし、耐えるしかないと覚悟を決めることにした。
「いっそのこと、この国を滅ぼしてしまえば……。いやいや、そうしたら私が魔王になってしまう。……それもありかも?」
そんな物騒な方向に思考が進みかけた頃、部屋の扉がノックされた。
「聖女様。晩餐の時間でございます。」
私は、ストーリーについては後で考えることにして、とりあえず晩餐に出るために着替え始めた。
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