第1章 偽聖女の奮闘
第1話 襲撃
私の名前はリーシャ・インディゴムーン。
ここホワイトナイト王国のインディゴムーン公爵家の一人娘だ。
私は今、侍女のマリアと共に王都クリステラから離れたナルビリアという街に視察のために向かっていた。
なぜ公爵令嬢である私が自ら行かなければならないのかというと、私が聖女見習いだからである。
この国では王家の人間を建国の勇者の末裔とし、その対となる女性を聖女とする習慣があった。
聖女は光属性魔法に適性を持つ人間の中から、王家のものに見初められることで聖女見習いとなる。
その後、勇者である婚約者と共に魔王の討伐を成し遂げることで、晴れて勇者は王となり、聖女見習いは正式に聖女となるのである。
私は、この国の第一王子であるユーティア・クリスタの婚約者、すなわち聖女見習いであった。
当初、この視察程度であれば、聖女見習いが出向く必要もないと言われていたが、ゲスリア・スカーレットマーズ公爵が強く希望したために、こうして私が出向くことになったのである。公爵の希望とはいえ、正式に王命としてくだされた以上、私に拒否権があるはずもなく、こうして馬車を引き連れてナルビリアへと向かっているのであった。
「聖女見習いは、私が望んだこと……。とはいえ、こうも頻繁に働かされるのはいい気がしませんわね……」
「王命である以上致し方ありません、お嬢様。ですが、今回の件は何者かが仕組んだ可能性もあります」
「そうね。おそらくゲスリア卿の仕業でしょう。彼の娘を差し置いて、私がユーティア様の聖女見習いになったのですから……」
現国王であるレオンハルト・クリスタの側近であるゲスリア公爵は第一王子であるユーティア殿下の婚約者として、自分の娘であるユリア・スカーレットマーズを推していた。
しかし、本来なら聖女の資格のないリーシャを第一王子が選んでしまったのである。
当初は、周囲の人間が彼を諫めることもあったが、そういった者は仕事中に事故にあったり、暴漢に襲われたり、根も葉もない噂が立ったりして、王宮を去って行ってしまった。
それを見た他の者たちも、徐々に彼を諫めるのではなく、彼の意に従うように意見を翻していった。
王家とインディゴムーン公爵家、そして、彼に迎合した王宮の者たちの圧力に屈した教会はリーシャを聖女の資格あり――光属性であるとしたのであった。
「困ったものですわね。幼いころですから聖女様への憧れもありましたが、そこまで強く望んだわけでもありませんのに……」
リーシャの聖女になりたいという願望は、現実を知らない子供の「将来の夢」のようなものであり、リーシャ自身が深く考えた結果ではなかった。
「第一王子が強く望まれてしまわれましたからね。お嬢様が語られた夢に便乗したというのが正確なところでしょう」
まさに、状況はマリアの言う通りであった。
誰も自分の身を犠牲にして第一王子を諫めたくなかった彼らは、その憧れを免罪符として強引に婚約を成立させたのであった。
しかし、将来の夢で語られる仕事と現実の仕事は得てして異なるものである。
聖女見習いも、そのキラキラした見た目とは裏腹に、現実はこうして王命を盾にこき使われる仕事なのであった。
しかし、そんなことは実際に仕事に就いた人間でなければわからないし、見習いとは言え聖女の名を冠する以上、その名誉を棄損するような行為は固く禁じられていた。
結果として、いまだに聖女になることを望んでいるユリアと、その名誉のために娘を聖女にしたいゲスリア公爵、そして、あまりの激務に聖女を辞めたいと思っているリーシャという構図が出来上がってしまったのである。
しかし、彼女自身が辞めたいと思ったところで、第一王子の意に沿いたい王家の連中や、聖女の名誉に与りたい父親、一度は聖女の資格ありと認めた教会のいずれも、それを認めるはずがないのである。
まさに四面楚歌、進退窮まった状況を憂いながら、馬車の窓から外を見てため息をついた。
「あと1時間ほどでナルビリアに到着いたします。お嬢様」
マリアの言葉に聖女見習いとしての威厳を見せるために気を引き締める。
ナルビリアは、それほど遠い街ではないため、王都から馬車で6時間ほどでたどり着けるので、あと少しというところであった。
「そう、ありがとう。今回も特に何も起こらなそうね」
私は努めて聖女のごとき笑みを浮かべながらマリアに言った。
この婚約において、自分の意思ではどうにもならないほど周囲に認められているのだが、その一方で、ゲスリア公爵を始めとして、それを良しとしない者も多数いた。
そんな彼らが私に対して危害を加える、もっと言えば暗殺しようとしているという噂があり、今回の視察においても、かなりの人数の護衛を付けていたのである。
今回も何か動きがあるかもしれないと危惧していたが、とりあえず無事にナルビリアまでは辿り着けそうだということで安心していた。
「襲撃だ!」
そんな矢先に上がった叫び声に、私やその周囲に緊張が走った。
こちらが雇った護衛は襲撃をかけてくる野盗程度など一蹴できるくらい優秀な者ばかりであるため、大丈夫だと思っていた。
しかし、馬車の外から金属の打ち合う音に交じって聞こえてくるのは護衛たちの断末魔の悲鳴だけであった。
しばらく争う音が聞こえていたが、しだいに音も少なくなっていき、やがて沈黙が訪れた。
突如、馬車の扉が開き、悪辣な顔をした男にマリア共々馬車から引きずり出された。
「「きゃあぁ!」」
男は二人を仲間の前に引きずっていき地面に投げ出した。
「へっへっへ、二人とも上玉じゃねぇか。こりゃ大儲けだぜ」
「まずは味見してみようぜ。このまま売るのは勿体ねえ」
「いいぞ、でも傷はつけるなよ。売値に響くからな」
取り囲んだ男たちが下卑た視線をぶつけながら好き勝手なことを言っていた。
しかし、そんな言葉も恐怖と嫌悪に震えていた私の耳には入ってきていなかった。
「おいおい、こっちの女は『殺せ』って依頼主に言われているだろ?」
「そんなこと言われていたっけか? まあ、どっちにしても遠くの国で売り払っちまえば一緒だろう」
目の前の男たちは、私の方を指さして殺すと言っていた。
それまで耳に入ってきていなかった男たちの言葉ではあったが、その一言だけははっきりと耳に残っていた。
まだ10年とちょっとしか生きてこなかった自分が、ここで男たちの慰み者にされた挙句に一生を終える。
その現実を認識した時、自分のもっと奥底から、何かを訴えかけるような激しい叫び声が夥しい記憶と共に蘇ってきた。
「まあ、いずれにしても俺たちが味見してからだな。悪く思うなよ」
そう言って、私に近づいて服を引きはがす男だったが、そんな事などどうでも良くなるほどの記憶によって意識が朦朧としていた。
そして、その記憶たちが私の頭の中から溢れ出すような気がした。
「うわああああああ、ぐぎぃぃぃぃ」
私は思わず、頭を押さえながらのたうち回った。
男たちも狂ったように暴れ回る私を遠巻きに見ているだけだった。
そして、記憶の奔流が収まり、私の中に糧として、そして本来の自分として一つにまとまっていった。
「何だよ、驚かせやがって。おい、起きろ!」
発作のような動きが収まった私の背中を男が蹴りつけた。
その瞬間、私の身体は羽のように軽くなり、飛び跳ねるように起き上がった。
もう一つの記憶と混濁する私の意識は、徐々に鮮明になっていき、はっきりとした意思を以って、周囲を見回した。
「なるほど、どうやら悪い奴らに囲まれているみたいですね」
まだ混濁しているのだろう。先ほどまでのことが遠い昔のように感じられた。
「おい、貴様、大人しく座れ!」
そう言ってきた男を睨みつけると、先ほどまでとは打って変わって、溢れ出すような私の殺気に男が怯んだ。
「――
そして、私はごくごく基本的な地属性魔法――私の最も得意とする属性の魔法を唱えると、周囲が砂嵐に覆われた。
もちろん、私自身も何も見えない状態である。
しかし、この記憶による経験を糧とした私にとって、視界が遮られる程度のことなど、障害にすらならなかった。
私は、素早く最も近くに居た男の口を左手で塞ぎながら、右手に持ったナイフを男の喉にあてがい、横一線に引いた。
その線をなぞるように首筋にできた傷から血が噴き出して、男が絶命する。
完全に死亡したのを確認してから、同じようにマリアに手を出そうとした男も葬った。
マリアの無事を確認し、震える彼女を男たちから少し離れた場所まで運び、草の生えたところにそっと降ろした。
普通に考えて、貴族令嬢である自分に女性とは言え、大人を運ぶことができるかわからなかったが、意外なほど軽く感じた。
そして、身を翻して、男たちの中へと飛び込んだ。
そこからは蹂躙や虐殺といった言葉がふさわしいほどに一方的であった。
視界が塞がれて右往左往する男たちを後目に次々と喉を掻っ切っていった。
そして、最後の一人には首ではなく、両の足首の腱を切り裂く。
それと同時に周囲を覆っていた砂嵐は何事もなかったように晴れていった。
砂嵐が晴れて周囲の状況が見えるようになると、男は自分の周りに仲間たちの死体が散乱しているのを見て後ずさろうとする。
しかし、そこで初めて足が使えなくなったことを知った男は、その場に倒れるようにしてへたり込んだ。
男はへたり込みながら、久々に大暴れしてすっきりした私を、震えながら見つめていた。
「ふう、一丁上がり! ナイフ一本で戦うなんて、滅多に無かったから新鮮だわ。――それにしても魔法って便利ね。地属性って使えないって言われているみたいだけど、使い方次第ってところかしらね」
ここで自分が下着姿だったことに気づき、周囲を見回した。
私が先ほどまで着ていた服は、男に剥ぎ取られた時に破かれてボロボロになっていた。
それでも無いよりはマシと思い、拾い上げて肩から羽織ると肩を竦めた。
「あーあ、服もボロボロかあ。これも補填してもらわないとね」
そう言って羽織った服の残骸を見せつけながら男に微笑みかけるが、男はへたり込んだまま震えるだけであった。
私は、暗に弁償しろと言っているのだが、男はまるで理解していないようであった。
そもそも服をこんなにしたのは、男たちなのに知らぬ存ぜぬは通らないよ?
そんなことを考えながら男に近づくと、失禁しながら気絶してしまった。
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