【完結済】暗殺公女は聖女をやめさせていただきます~聖女を酷使するブラックな王国と王子から自由になったら、いつの間にか王子が王国もろとも「ざまぁ」されてました~
ケロ王
プロローグ とある暗殺者の最期
「この仕事はとてもやりがいがある。」
「この仕事は国のためになる名誉のあるものだ。」
「この国の敵を殺せば、この国はもっと繁栄できる。」
廃墟となったビルの中に隠れている私――
仕事に対するやりがいを喚起する『お題目』、自分がロボットのように働かされ続けてきた時には、この言葉を聞くだけで仕事に対するモチベーションが上がり、この国に敵対する人間を仕事として何人も殺めてきた。
もっとも、そういった『お題目』を完全に信じていたわけではなかった。
もっとも、仕事とはいえ心が壊れそうなほど人を殺すことを強要され続けてきた私が、そんな『お題目』を唯一の拠り所としてきたのは間違いないことであるのだから、今さら完全に信じていないと言ったところで信憑性に欠けるというものである。
この国の天上、一般人の理解の及ばぬ世界から与えられたお題目に従って、私は15歳の時から、この国家公認の暗殺者という仕事に就き、今日に至るまで5年もの間、多くの人間を闇に葬ってきた。
次々と与えられるターゲットを、寝食する暇も惜しんで計画を立てて殺す。
半ばルーチンワークと化していた仕事ではあったが、その仕事内容だけでなく過密なスケジュールに、私は徐々にボロボロにされていった。
こうして働いても、月の収入は100万円にも満たないのである。100万円と聞くと、多いと思うかもしれないが、だいたい1日平均で1人殺しても、そんなものなのだから、まったく多いとは思えなかった。
5年間、仕事を続けることで待遇の改善を期待したこともあったが、その期待は3年目まで、1円たりとも給与が上がらなかったことで期待できないのだと理解した。
そして、給与が上がらないにも関わらず、仕事の頻度は上がり、1年目には1週間に1人くらいだったのが、今では1日1人となっている。
やめたいとは、何度も考えた。しかし、「この程度の仕事すらこなせない人間が、他でやっていけるわけがないだろう」という別の『お題目』によってできなくされていた。
給与が上がらない理由も知っている。この国の天辺から直属の上司までにいる人間が少しずつとは言え中抜きしているからである。
そして、仕事に対する私の給与が上がらない、ということは、私が頑張ることで上の人間が肥え太っていくということである。
辞めないといけないと思いつつも辞められない。
今の私は完全に人生を詰んでいた。
「生き方間違ったかなぁ」
そんなことを呟いてはみたものの、今の現実は自分にはどうしようもなかった。
仮に今の仕事を辞められたとしても、自分に残るのは人を確実に殺す技術しかなく、そんなものが活かせるのは今の仕事をおいて他にはなかった。
「来たわね」
そんなことを考えていると、隠れていた廃ビルの近くに人――今回のターゲットが通りかかった。
ターゲットを殺すために、ライフルに手をかけた瞬間、私の心は凍り付いた。
そして、まるで操られているかのようにライフルの照準をターゲットに定め引き金を引いた。
パァン
直後、その人は頭から血を流しながら倒れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日本の内閣特殊対策課。通称、特対と呼ばれる組織である。
そこに勤務する人間は表向きは公務員だが、その実態は国家公認の暗殺者である。
暗殺者と言っても実行部隊は一握りであり、ほとんどの人間が実行部隊以外の仕事――諜報や情報統制、ターゲットの誘導や後方支援など行っているのである。
しかし、組織の中でも実行部隊は一線を画しており、その職員はエージェントと呼ばれていた。
そのエージェントの一人、藍月理沙は黒衣の死神と呼ばれていた。
彼女の手がけた暗殺の成功率は100%であり、あらゆる手段でターゲットを闇に葬り去っていった。
ある時には綿密に計画を立ててターゲットを一発の銃弾で仕留め、またある時には派手にターゲットの周囲を巻き込んで事故のように見せかけたりと、状況に合わせて臨機応変に仕事をこなすのである。
しかし、彼女が依頼されたターゲットが、まだ年端も行かない少女だったことにより、状況が一変した。
もちろん、子供であっても国家の脅威となる人間はおり、過去にそういった人間を葬ってきたこともあった。
しかし、この依頼のターゲットについて依頼達成後に話を聞いてしまったのである。
その少女は敵国の要人の縁戚ではあるものの、ほとんど一般人のような暮らしをしており、どう考えても国家の脅威になるとは思えなかったのである。
一度、状況に疑念を抱いてしまうと、連鎖的に疑念を持ってしまうのはよくある話であるが、彼女の場合、それが『お題目』にまで及んでしまったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「もう、どうすればいいのかわからない……」
拠り所となっていた『お題目』にまで疑念を抱いてしまった私には、もはやこれまでのように仕事をこなすことができなかった。
もちろん、暗殺自体が全くできなくなったわけではないし、躊躇の要らない相手であれば、なんら問題はなかった。
しかし、そういった疑念を抱くことで、ターゲットによっては殺すことができず、かといって、放置することもできないため、逃げる手伝いをするようになった。
その結果として、問題が起こって上司である
上司である彼は、外見も良く、リーダーシップがあり、ぱっと見の人当たりも良いため、私だけでなく、女性職員のほとんどから好意を寄せられていた。
そんな彼が私と付き合うことになった時、私は優越感でいっぱいになった。それこそ、周囲の嫉妬すらも心地よく感じるほどであった。
しかし、そんな私の理想は1か月もしないうちに崩れ去ってしまった。
何故なら、彼は典型的な俺様気質で、気に入らない相手に対しては容赦なく、徹底的に潰すような人間だったからである。
こうして徐々に疎遠になり、付き合い始めて2か月も経つと自然消滅していた。
しかし、付き合うということ自体が彼の策略であったことを後になって知った。
私を彼に依存させるために、友人たちを殺したり、そこまで行かないまでも社会的に抹殺されていったのである。
普通なら、気づくだろう事態に、私は彼と付き合うという嬉しさから、その時は気にも留めていなかった。
しかし、彼と別れて初めて、自分の周囲に頼れる人間がいなくなっていたことに気づいたのである。
慌てて友人たちの行方を探ってみたが、全員が彼によって潰されていた。
すぐにでも殺したいという衝動を抑え、これまで通り従順な部下を演じていたつもりだった。
そんな中、私は彼とともに、とある反社会組織幹部の暗殺任務を受けることになった。
私は復讐する絶好の機会を得たと喜んでいた。
これまでと同じように、私はターゲットの滞在している建物の向かいのビルの屋上でライフルを構えて待機していた。
しばらくすると、ターゲットの姿が窓際に現れた。
ターゲットは振り返って身振り手振りをしている様子から、おそらく何者かと話をしているのだろうと思われた。
しかし、そんな事など関係ないと言うように、私の心は凍り付き照準を合わせて引き金を引いた。
直後、ターゲットは頭から血を噴き出して倒れた。
「ふう、やったわね――あとは……」
――ダァン
依頼を達成し、これから復讐をしようと思った瞬間、背後から銃声が鳴り響き、一拍遅れて右太腿に激痛が走った。
「誰?! いったい何が……」
痛みに意識を持っていかれながらも、振り返って撃った相手を探した。
そこには、上司である栗田優斗が拳銃を構えて立っていたのである。
「優斗?! なぜ……?!」
「ふふふ、俺がお前の考えていることに気付いていないとでも思ったのか?」
「……?!」
「お前には忠実な犬として働いてもらいたかったから、邪魔になりそうなやつらを排除してあげたのに――だんだんと要らない知恵をつけて、とうとう私に噛みついてこようとするとはな。お前にはここで殉職したことにしてもらう」
「くそっ、貴様のせいで――私たちの人生はメチャクチャだ! 必ず、その報いは受けさせるぞ!」
「ふん、負け犬が良く吠えるわ。まあ、大人しく死んでおけ」
そう言って栗田は私の眉間に銃口を向け、引き金を引いた。
――ダァン
こうして、私の意識は暗い闇の底へと落ちて行った。
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