閉幕、および開幕

エピローグ、およびプロローグ


 ――靴はサンドリヨンの足にぴったりでした。彼女はもう片方の靴を取り出して、皆に見せました。それを見た姉はサンドリヨンの前に跪いて、今までしたことを詫びました。サンドリヨンは姉の謝罪を受け入れ、彼女を許しました。数日後、サンドリヨンと王子様は結婚し、心優しいサンドリヨンの取り計らいで、姉もサンドリヨンの結婚と同じ日に、城の偉い役人と結婚しました。


 手に持った本を読み上げ、深々とローブのフードを被った人物――案内人、はそれを閉じる。パタン、と本を閉じる音が響いた。


「さて。以上が有名なサンドリヨンの物語の結末となります。ご存知の方も多いでしょうね。本日はこの、サンドリヨン、またはシンデレラ、灰かぶり娘などの名で親しまれている、美しい姫君の話を致しました。」


 案内人の手が示すほうに目を向ければ、幕開けと同じように誰もいない椅子が五つ並んでいる。彼が手を振ると、それぞれの椅子に暗闇から滲み出てくるかのように人影が現れた。


 美しいドレスを着た姉。

 品の良いドレスをまとった夫人。

 妖しい美しさをもつ魔法使い。

 軍服を着た王子。

 そして中央には、豪華なドレスに魔法の靴を履いたサンドリヨン。


 案内人は、つかつかと姉が座っている椅子に近づき、その肩を叩いた。途端、定まらぬ視線で前を向いていた彼女が、案内人のほうを見上げて諭すように言う。


「あいつは美しくなんてないわ。」


 彼が頷けば、彼女は立ち上がって悲しげに微笑んでみせる。そして前を見て、はっきりと続けた。


「あいつは哀れなサンドリヨン。惨めな、惨めなサンドリヨン。高い身分のはずなのに、態度や行為は召使い。彼女は何でも出来るのよ、だから全てはあいつの役目。」


 彼女から目線を外して、彼は次の椅子に足を向ける。足音だけが何も無い空間に響いた。隣の椅子に座る夫人の肩に彼の手が触れる。彼女は前に倒れ込むように背もたれから身を起こして、顔を覆ったまま叫んだ。


「あの子はまるでお人形。何もかもが完璧よ!魅力を全て一人占め、あれじゃ娘が可哀想……あの子を卑しく見せるのよ、どれも私の娘のために!」


 彼は夫人の隣、サンドリヨンが座る椅子を通り過ぎ、魔法使いの後ろで立ち止まった。魔法使いの肩を案内人が叩けば、その目が怒りをたたえて開く。立ち上がったその姿は、浮いているようにも見えた。


「あの子は便利なサンドリヨン!とても良い子で美しい。彼女に少し悪いけど、望んだ通りに動くのよ……思ったよりもあの子はそう、頭が冴える子みたいでね。」


 その表情をだんだんと怯えに変えた魔法使いから目線を外して、案内人は次の椅子に近寄る。そこには王子が腰掛けている。案内人が王子に触れれば、皆と同じように彼の目が開く。ゆっくりと立ち上がった彼は、諦めたような表情で宙を見た。


「彼女はとても美しい、一目で心を奪われた。私と違って本物の魅力を持った方だった!彼女の事情はどうでも良い、あの美しさだけあるのなら。」


 最後に案内人は、中央の椅子に座る少女の後ろに立った。豪華なドレスに魔法の靴を履いたサンドリヨンが、彼の手が触れると同時に顔を上げる。その顔に愉悦に満ちた笑顔を浮かべて、彼女は立ち上がった。


「私は惨めなサンドリヨン。いじめられてるサンドリヨン。一つも悪くないのにね、まわりがみんな敵になる。私は良い子にしているのよ、悪くないわ、そうでしょう?」


 泣きそうに笑う姉が、

 絶望に染まった顔で夫人が、

 怯え切った顔で魔法使いが、

 諦めを抱いたまま王子が、

 楽しくてたまらないと笑うサンドリヨンが、


「ああなんてこと!主人公は!」


 誰もいない正面を見て叫ぶ。いや、こちらを、向いて。


 皆の声は、美しい少女の笑い声で途切れる。笑って、笑って、それからサンドリヨンは大きく息を吸う。両の手を何かに縋るように持ち上げて、彼女は、笑顔で問うた。


「主人公は、私でしょう?」


 全員、糸が切れたように崩れた。


「はじめと変わって、聞こえましたか。」


 彼がこちらを向いて尋ねた。尋ねておきながら、彼はさして返答を気にする様子もなく手に持った本の表紙を撫でた。


「本日は、サンドリヨン、またはシンデレラ、灰かぶり娘などの名で親しまれている、美しい姫君の話をいたしました。魔法の靴が導く、ハッピーエンドの話をね。」


 彼が歌うように、物語の始めと同じ言葉を繰り返していく。


「姉は何故あっさりとサンドリヨンに謝罪したのか。夫人は何故サンドリヨンを目の敵にしたのか。魔法使いは何故サンドリヨンを助けたのか。王子は何故会って間もないサンドリヨンに惚れ込んだのか。サンドリヨンは何故姉を快く許したのか。お分かりになりましたか。」


 彼の口元が半円を描くのが見える。


「さて、これにて本公演は終幕でございます。おや、ご不満ですか。」


 彼は小首を傾げて、こちらに数歩近寄った。


「ハッピーエンド、でしょう。紛れもなくね。だって王子様とお姫様はこれから末永くお城で暮らすのですから!」


 くるりとまわって、案内人は手を大きく広げた。暗闇の中でローブがふわりと動く感覚。気がつけばもう五つの椅子はない。


「良い人は誰かにとって都合の良い人。ヒーローは悪役が悪役であってこそ成り立つ。」


 歌うように彼が言う。


「知っているのでしょう?他人事じゃ、ないのでしょう?だって皆そうだから!貴方だってそうだから!」


 案内人の声が響く。四方から、囲むように。


「人を見る目なんて濁りきって、貴方にはただの道具にしか映らない。知っているのに知らないふりをする、知らん顔して貴方はまた、人を踏みつけ人に踏みつけられ、それでものうのうと進んでいく。『運命』ですとも、『誰も悪くなかったのだ』!貴方は悪くない!ほら、なんて素晴らしい物語!」


 案内人が本を腕に抱いた。表紙には何と書いてある?


 彼は優雅にお辞儀をする。まるで数多の聴衆を前にしたかのように。


「本日はご来場ありがとうございました。お帰りは、あちらから。」


 彼が示したほうを振り返る。随分と重そうなカーテンが見えた。立ち上がる。立ち上がる?どうして座っていたのだろう。兎角、彼の指すほうへ。


「では貴方の物語が、『貴方にとっての』ハッピーエンドでありますように!」


 カーテンをかき分けて、その切れ間に腕をかける。強い光。違う、これは、緞帳だ!


「なんて、ね。」


 何処かで、ブザーの音が響いた。そして、あぁ、拍手が。


 ――「Cendrillon」、閉幕。

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戯曲「サンドリヨン」 黒い白クマ @Ot115Bpb

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