幕間

 ――可哀想な姉、自分を奪われて。

 ――可哀想な夫人、幸福を奪われて。

 ――可哀想な魔法使い、魔法を奪われて。

 ――可哀想な王子、平穏を奪われて。

 ――可哀想なサンドリヨン、自由を奪われて。

 ――取り戻そうとするのは、とてもとても、自然なこと。


「……なんでしょうかね?」


 耳元でした声に振り返る。ローブの人物がパタンと本を閉じた。


「失礼、驚かせてしまいましたか?お楽しみのところを邪魔してしまいましたね。しかし話も長くなりましたから、そろそろ第一幕を閉じようかと思いまして。」


 五人が座っていた椅子はない。ただローブを着た人物だけがこちらを見ている。フードに隠れてその表情は伺いにくいが、口元に笑みを浮かべていることは分かった。


「砂糖ってなんでしょうね。順当に言えば食材、つまるところ財。しかし、それだけとも限りません。己の意志、生き甲斐、日常、とか。貴方はなんだと思います?」


 彼が、芝居がかった動きで腕を組んだ。考えています、と言わんばかりに首をひねる。


「気がつかぬうちに誰かの砂糖を蹴ってしまうこともあるのかもしれません。ま、そんな時には便利な魔法の言葉もあります。『運命』、あるいは。」


 彼は何かを描くように人差し指をくるくると回した。ぴたりと止めて、囁く。


「『誰も悪くなかったのだ』。」


 ぱっと手を開いて、彼はひらひらと手を振った。


「しかしまぁ、人の心は難しい。言葉は嘘を吐き、表情までもが嘘を含む。信じられるのは己の目で見た出来事のみ、それすら勘違いの多い両の目を通す羽目になる。なんて、幕間で案内人如きが語るのは野暮というものでしょうか。」


 ふふ、と笑って、案内人を名乗った彼は本をペラペラと捲りだす。


「何かお飲みになりますか。それともお食べに?明日にしても結構ですよ。」


 何もない空間で奇妙なことを言う。こちらを向いて、案内人は首を竦めた。


「何しろ、まだお話は始まってもいませんからね。やっと舞台が整ったというところでしょうか。」


 彼が手元の本を開いて差し出した。


「さぁ、第二幕に進む用意は整いましたか?適度に休憩が終わりましたら、ほら。次のページにお進み下さい。」


 彼が差し出す本のページを捲れば、そう、舞台はまた暗転するのだ。

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