名残

風と空

第1話 荷解き

『今日の天気は曇りのち晴れ。降水確率は…… 』


 よっしゃ。晴れるなら一挙に片付けてしまうか。


 TVから流れる天気予報を見ていた俺は、コーヒーを置き気合いを入れる。


 俺こと木崎 慎弥しんや(23)は転勤によって、会社の社員寮に入ることになった。


 荷物は全部昨日のうちに運び込まれたし、今日は細々としたものを片付ける唯一の休日。


 1DKの風呂、トイレ、クローゼット付きって結構良い物件だろ?

 

 しかも都市ガス!追い焚きできる風呂はマジで嬉しい。

 俺長風呂だからなぁ。


 しかも、この際だからカーテンや絨毯も新調してみた。

 心機一転ってやつだな。


 しっかし、タイミング良かったよなぁ。

 今時ないぜ、こんな部屋にすぐ入れるの。


 この部屋の前住人も同時期に転勤になったらしいからな。


 まあその分掃除は自分だけど、大概きれいに使ってたんだな。おかげでそんな掃除もしないで片付けることができるぜ。


 ま、最初は簡単な服から行くか。


 ガタッ 備えつけのクローゼットの扉を開ける。

 おいおい、ちょっとキツイなこの扉。


 げ!なんだこのクローゼットの天井部分。

 板外れてんじゃねえか。


 全く…… 後でしっかり補修するか。


 取り敢えず板をはめ直そうと、身体をクローゼットの中に入れて手を伸ばすとカサッと何かが手に触れた。


 なんだ…… ?


 そのまま音の正体を見るために手に取ってみると、四つ折りにされた厚紙が出てきた。


 興味本意でガサガサと厚紙を開いて見る。


 「凄え…… 」


 思わず口に出てしまった。

 そこには写真と見間違える程に上手く描かれた笑顔の女性がいた。


 鉛筆だけで描かれていて、ぼかしや陰影もしっかりと書き分けられている。


 …… ただ気になる点がある。


 顔と髪だけしっかり描かれているが、他は描きかけで、所々が滲んでいる。


 何か水滴で滲んだような感じだな……


 俺はつい作業の手を止めて見入ってしまっていた。


 絵の中の彼女は本当に幸せそうに笑っている。


 この絵を描いた人は何を思って描いたのか。


 この滲んだ跡はなんなのか。


 なぜここに隠したのか。


 …… 俺にはわからない。


 ただなぜかこの絵からは寂しさを俺は感じた。

 俺にはこの絵を描いた人が泣いていた様に思ったからだ。


 想い人だったのか。


 恋人だったのか。


 家族だったのか。


 俺が想像できるのはそんなものだ。


 しばらくそのまま立ち尽くしていた俺は、これをまた元の場所に戻すことにした。


 勝手にこの絵の筆者の想いを踏みにじりたくなかった。

 こんなに綺麗に人の笑顔を描くこの筆者を。


 「参ったな…… クローゼット開けるたびに思いだすじゃねえか」


 かと言ってなんとなく処分もできないしな。


 頭をボリボリ掻きながら、俺は荷解き作業に戻る。


 願わくば、前の住人が今は幸せである様に。

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名残 風と空 @ron115

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