12.いろいろと、間違えた?
「殿下、最近アイネクライン嬢との交流が盛んだというのを耳にしたのですけど、説明していただけますか?」
「兄様!」
「いや、言い訳はしない。僕は・・・・・・リドのことを愛している!!」
「あちゃ-・・・言っちゃったね兄貴」
「ふーーん。それは随分・・・・・・趣味が悪いんですねぇ」
「なっ、何を言う!?いくらリディオだとて彼女を侮辱することは許さんっ!」
厳粛な部屋の中、テーブルを囲み話すのはクリスタ、メイディオ、リディオ、ドォリィ、そして俺、サイレントである。
『この場違い感・・・・・・。早く帰りてぇ。でもドォリィと一緒にいたい』
ここはサンドレア家の離れにある、基本的に客を招くための屋敷の一室であり、今ここで修羅場が始まろうとしていた――!!
事の発端はクリスタの色狂いというか二股というか悪い癖というか、はたまたゲームの修正による餌食・・・だろうか。
まんまとヒロインによる罠に嵌まったらしいクリスタは、婚約者であるドォリィをほったらかしてリドリータに首ったけ。話によると、彼女に婚約の約束までしているらしい。
これはゆゆしき事態。まだ王の耳に入っていない内に内輪だけで話し合おうと、リディオがこの機会を設けたのだ。
先ほどのクリスタの呆れる言葉に一番ショックを受けるだろうと思っていたドォリィは、意外にも微笑みを保っている。それにあのピンク女の名前がクリスタの口から出た瞬間、眉間に皺が寄ったのを見たが、それ以外では特に苛立っている様子も、悲しげな様子も感じられなかった。
クリスタの隣に座るメイディオは、自分の兄の言動に呆れかえって頬杖をついている。
なんとなく、リディオの笑顔が黒い気がする・・・・・・。まぁ、そうだよな。妹をコケにされたようなものだからな。
あの女が、ドォリィに勝るはずがない。俺だって、腹が立っている。あいつがドォリィよりも可愛い?ハッ、あり得ない。
ドォリィは天使。絶対的存在。それを排するなど、全世界を敵に回したようなものだ!少なくとも、俺とリディオは敵に回している。
そしてドォリィを蔑ろにするのとは他にも、俺はクリスタのことが嫌いな理由があった。
それは、クリスタがピンク頭と交際を始めたのと同じ頃から、俺へのスキンシップが激しさを増してきたということである。
やたらと顔の距離近いし、腰に手を添えてくるし、すぐに手や顔に触れようとしてくる。それに、耳元で『お前は僕の騎士だろう?』とか意味不明なことを囁いてくるし。
悪い雰囲気の中、怯えた若いメイドが紅茶を入れ、ビクビクしながら部屋から出ていく。
「で、最近サイへのアプローチも凄いらしいですけど、それはどういう意図があってのことでしょうか?」
「サイは僕の騎士だ!お前には関係のないことだろう!」
「い~え、サイが非常に迷惑だと泣きついてきたものですから。それに・・・貴方専属の騎士ではありませんよ?殿下」
「そうだぞ兄貴!サイは国の騎士になったんだ。兄貴の騎士にはなってねぇ!」
「そうですわ。サイが専属の騎士にだなんて、図々しい!あのピンク女で十分でしょう!?」
「ドォリィ・・・・・・口が・・・・・・」
「サイは僕の騎士だ。そうだろう、サイ?サイは僕の手に口付けをして誓いを立てたんだから」
じっと、皆の視線が俺に集まる。
え、というかドォリィ、クリスタに対して結構辛口・・・。大丈夫?
そして俺は、何をどう応えればいいわけ?
「私は・・・・・・あくまで国にお仕えすることを誓ったまでです。国王にお仕えしていますので、殿下の為だけにお仕えすることはできません」
我ながら、良い逃げ方。ドォリィもどこかほっとしたような表情で『ほらねっ!』とクリスタを馬鹿にしている。
「では僕が王になれば、サイは僕に仕えるのだな?」
「っ、」
ほっとしたのも束の間、次にクリスタが放った言葉に、俺を含めこの場の全員が凍る。
『は!?こいつは何を言っているんだ?そんなに俺のことが好きなのか?マジで?』
自分の中で半ば冗談で思っていたことが、実は本当だったかもしれないということに、些か鳥肌が立つ。
「そうすればサイは僕のものだろう?この際だから言っておく、僕はサイが好きなんだ。僕のものに、なってほしい」
『んぎゃ~~~マジだった!!!本当に俺のことを好きだった!!』
バッとドォリィを見ると、彼女は凄い形相で俺を――ではなく、クリスタのことを睨んでいた。まるでピンク女を忌々しげに睨み付けるのと同じように。
「おや、でも殿下は先ほどアイネクライン嬢のことをお慕いしていると」
「どちらも好きなのだ!!どちらも同じくらい愛している。麗しいサイのことも愛らしいリドのことも」
「兄上・・・・・・」
阿呆なことをぬかしているクリスタの隣で、メイディオの顔に暗い影が射していた。この雰囲気は、いつもの彼とは考えられないほど邪悪なものを予感させる。影でどんな表情をしているのかは見えないが、声の低さが尋常ではなく、それにいつも使う『兄貴』ではなく本気呼びの『兄上』になっているところもこわい。
いよいよヤンデレ顔の登場か・・・・・・?と思ったが、考えてみると彼とピンク頭との接点がわからない。メイディオも攻略者の一人なのだろうが、通っている部が違うのだ。
まぁあの要領の良いヒロインのことである。きっとどこかで恋愛の種を蒔いているのだろう。
「二股など、男のすることじゃない。そんな女々しいこと!ピンクの女はともかく、国の宝であるサイまで手に入れるなど、欲張りにもほどがあるぞ」
ヤンデレという予想は外れたが、メイディオはやはりメイディオだったということか。太陽のように熱く、いつも実直で真面目な男。国に仕える騎士を宝と称しているのだろうが、言われた俺は思わず照れてしまう。
「そうよそうよっ!サイは私のものなんだから!!っあ!」
「え、ドォリィ・・・・・・、今なんて」
「な、何でもないわよ!何も言ってないんだから!」
『なんだ、空耳か・・・』と落ち込む。
今一瞬、ドォリィに『私のもの』と言われた気がするのだが。俺の勝手な期待がそう聞こえさせたのかもしれない。
「なんだメイディオ、お前ももしかしてサイのことを――」
「ああそうだ。因みにフェイタス兄さんもだし、しかももうずっと前からサイにアプローチを仕掛けてるんだぜ」
「はぁっ!?何故あいつがっ。それにあいつは今留学中で――」
「手紙だよ、手紙。なぁ、サイ、フェイタスから手紙、届いてるんだろ?」
「あ、ああ・・・そうだが?」
いきなり振られた話題に、素直に頷く。
「なんだ?メイディオのところにも来ているんだろ?しっかし筆マメだよなぁ、月一で送ってくるなんて」
「っ、なんだと!!?月一!!?」
「どうしたんですか殿下?」
俺の発言に驚愕の表情を浮かべたクリスタに、何かおかしなことを言ったかと自分の言葉を振り返る。しかし、どこにもおかしな点は見当たらない。
「僕のところには、もう2年も来ていないぞ・・・・・・あいつ」
「俺のとこにも」
「え・・・ええっ!?」
一体、どういうことだろう。いや待て、嫌な予感がしてきた。ここまできたら、なんとなく予想ができる。
「チッ、お前たちまでサイのことを狙っていたとは・・・・・・」
『やっ、やっぱり・・・・・・。自意識過剰かとも思ったけど、やっぱりそういうことなのか!!?』
「兄貴、俺は兄貴のそのいい加減な考え方に今日決心した。俺から兄貴に宣戦布告する。これ以上兄貴が阿呆なことを宣うようならな」
「ハッ、いいだろう。受けて立つ。この僕に挑んでこようとは」
「ゴホンッ。論点がズレましたが、今日のこの機会で殿下のおっしゃられたことはよくわかりました。殿下がお気持ちを変えない場合、サンドレア家は貴方と敵対することになるでしょう。それをご承知の上で」
「ああ、了解した。いいだろう。力の差というものを見せてやる」
「兄貴、次会うときはお前をその座から引きずり落としてやるからな。覚悟しておけよ」
「では殿下、どうぞドリータを蔑ろにしたことを後悔なさってください」
一体、この部屋で何が起こったんだ・・・・・・?と思えるほど、弾丸のように飛び交う物騒な言葉の数々に、俺とドォリィはドン引きしていた。
そして、なにやら話がまとまったらしく、皆ギラギラとした目で互いを見、そして今日の会は終わりを告げた。
「では、ご機嫌よう」
「お気を付けて、お帰りください」
俺はまだ残ってドォリィとお話をしていたかったため、サンドレア家に残ることにした。馬車に乗って帰るクリスタとメイディオを見送ろうと外へ出て頭を下げると、クリスタが近づいてきて耳元に顔を寄せられた。
「絶対君を僕のものにするから」
俺の意見は聞かんのかいっ!!クリスタの言葉と行動に思わず身震いをしてしまう。続けてすでに馬車に乗り込もうとしていたメイディオが『抜け駆けすんな、馬鹿兄貴!!サイ、また今度な!俺、王になるの諦めないことにするから!!』と叫んできた。
はははと乾いた笑いを返し、無理矢理笑顔を作って頭を下げる。
二人はやっと馬車に乗り込み、その馬車が遠ざかっていった。
彼らの去り際、後ろで『チッ』と小さな舌打ちが聞こえた。
『あいつらほんっとジャマだなぁ・・・・・・サイは、僕のものなのに・・・・・・』
呟くような、そんな小さな声に身体が震える。
その声は、いつも優しく俺やドォリィにかけられるもの。リディオの声だった。
まさかの、ヤンデレキャラはリディオだったらしい・・・・・・。
『こっえ!!!てか、俺はどないすればええんじゃぁあ!!?』
今のこの状況を、誰か易しく説明して欲しい。何、俺はヒロインの邪魔をしているというわけですか?何なんだ、この状況。
俺、選択肢間違えた?
今までドォリィ一筋で生きてきた俺。
本来は攻略対象者としてこのゲームの世界の中でせっせと役割を果たさなければならないところを、役職をサボってひたすらドォリィを愛でていたのがマズかったのだろうか。
今やイカれてる彼らとの接し方の選択肢を、間違えてしまったのだろうか。
誰か、教えてくれぇ~~!!!
――12.いろいろと、間違えた?
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