第33話

 魔王サタナス様が笑いかけると、アマリアは花が咲いたように笑い、少女のように頬を赤くした。


 ――アマリアさんは魔王様が好きなんだ。


「アマリア、今日はもう遅い。明日になったら来なさい、ワタシはここで待っている」

 

「それほんと? なんだかサタ様いつもと違うけど……やっと、私の『魅力魔法』が効いたのかなぁ? フフ、そうだとしたら、サタ様は私のものに……なったのね、ウフフ、グフフ」


 ――魅了魔法?


 ヒ、ヒィ――! こんどは乙女らしかぬ顔で笑ったアマリアに、背筋がゾクっとした。となりのアール君はなんと、モフモフの毛を逆立て威嚇しはじめた。

  

(おお、アール君のシャーを初めて聞いたよ)


 魔王様の一言で"すこぶるご機嫌"になったアマリアは『早朝、サタ様に会いにくるわ』と、笑って持ってきたランタンと槍を持つと、スキップを踏み、鼻歌を奏でながら去っていった……。


 ようやく、この場に訪れた静寂。

 嵐が去った、という表現が正しいだろう。

 

「フウッ、アヤツも所詮は『キモ聖女』と変わらないな。わからぬ、なぜ? あれ程ワタシに執着するのだ?」


 魔王様は"訳がわからぬ"と首をかしげる。

 フフ、それはその美麗な見た目と、魔王様がこの小説の隠しキャラで、彼女がキモ聖女の子孫、生まれ変わりだったかな。


 今、鳥カゴの魔王様が初代聖女を、キモ聖女と呼ぶのはわからない方。


 小説で、初代聖女と魔王サタナス様は人里で出会い、恋を育んでいた……しかし魔王様は世界を滅ぼす悪。倒さなくてはならない悪。

 自分は勇者パーティーに選ばれた聖女。

 だが、強い魔王を倒すことが出来ず、勇者と共に涙ながら魔王様を封印したと書いてあった。


 ――でも、まあ、なんというか。


 実に濃いヒロインだった。性格が小説のキャラよりもずいぶんと違っていた。この小説の内容を知る転生者だからか、彼女から余裕なものがみえた。


 このまま物語が進み彼女が学園に入学すると……あたかもこの世界が、攻略対象たちが、私の為のものだって言いそう。まあ、それを止めるのは脇役の私ではない"小説の主役の人たち"だ……頑張れ。

 


 それに私の目的は別だ。

 


 いまだに毛を逆立てまんまるなアール君と、アマリアが戻ってこないかを確かめ、目的をはすために私は魔王様に話しかける。


「先程も言いましたが、魔王サタナス様にお願いがあります」


「うむ。邪魔がはいり話が進んでいなかったな。それで、ワタシに願いとは?」


 ようやく落ち着いたアール君と一緒に毒草の事と、魔法都市サングリアで、倒れたパパたちのことを魔王様に説明した。


「話はわかった、毒草に倒れたのはワタシの部下――元四天王たちと言うのだな。そうか、ワタシがいなくなり300年――魔族国で魔王を決める、魔族総選挙がおこなわれて、あらたな魔王が誕生したか……」


「魔族国で魔族総選挙で新しい魔王様が誕生した? ――ママが言っていました魔族は一度主人と決めたものに尽くすと。お願いします魔王の座をそくざに降りてください、そうしていただかないと……パパが、ほかに倒れてしまった人が助からなくなります」


 ――私は魔王様に深く頭を下げた。


「うむ。ワタシは300年前、勇者に負けてはおらぬが……時が経ち、魔王の座は既に興味がない。君に"いいぞ"と今すぐにでも言いたいのだが――この鳥籠からでないことには辞めることができない」

 

「その鳥籠から、出られれば魔王が辞められる」


 魔王様が優雅にうなずく。


「だが、この鳥籠は初代キモワル聖女が作ったもの。ワタシの力が万全であれば、こんなチンケな鳥籠から出られるが――いまの魔力の無いワタシでは無理なのだ」


 魔王様は魔力がたらないといい。チンケな鳥籠、初代聖女をキモワルと言った……いや、さっきもキモ聖女と言っていた。


「魔王様の魔力さえ戻ればそこから出られるのですか? でも、どうやって?」


 と、聞いた私を、アール君が魔法で突き飛ばし、鳥籠にぶつかる『いたっ!!』……え? ええ、アール君? 驚く私にアール君はすまなそうな顔をして。


「すみません……エルバ様、あなたの魔力を魔王サタナス様に差し上げてください、たらない分は僕の魔力を差し上げます」


「アール君?」


「僕は300年も勇者との戦いに戦闘向きじゃないからと、最終決戦の地シーログの森に連れて行ってもらえなかった。魔王城で1人帰りを待ち続け、100年待った。……帰らぬ主人、みんな、僕は魔王城を出て探しで、探しても魔王様が見つからなくて……諦めかけていた。その魔王様にようやく会えた……僕はこんな所から救いたい――お願いです、エルバ様」


「…………」


 ――それならそう言ってよ。


 初めて会った時アール君はいきなり怒ったり。

 勝手に使い魔になったりした――いつも澄ましたアール君がボロボロに泣き、必死な顔している。


 これが、アール君のほんとうの願い。

 前世、頼られることもなく、話す事もなく、冷たい態度だった元の家族。

 

 今世の私の、大切な、大事な家族の願いだ、きくしかないよね。


「いいよ、アール君は私の家族の願いだもの。それに鳥カゴから出てもらわないとパパ達が助からない。……でも、どうやっ…………」


 最後まで聞く前に鳥カゴから魔王様の手が伸び、ガッチリか頭を掴まれ、彼の伸びた爪が頭にささる。


「うぎゃ、いたっ、爪、魔王様の爪がささってるから、爪、引っ込めて……」

 

「すまぬ。魔力の無いワタシではアールの様に爪を引っ込められない」


「そんなぁ……」



 涙目の私に今度は。


「おお、魔王様の魔力が回復していく……僕の魔力も差し上げます」


 と、私の背中に飛びついたアール君。



「!!」



 頭に魔王様の伸びた爪。

 背中には身消しのローブをこえて、にアール君の猫爪が背中にささる。



「「もう、き、君たち、爪伸びすぎぃ!!」」


 

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