第32話

 ――この人が魔王サタナス様。


 月明かりの中、魔王様は優雅に紅茶を飲んでいた。

 糊のきいたシャツとスラックス、長い艶やかな黒髪と赤い瞳――頭にツノを生やした魔王様が私達を見た。


「うむ、外にいたのはお前たちか……来るのが遅い、随分と待っていたぞ」


 凛とした低い魔王様の声に息をのむ私とは違い。

 アール君は一歩まえに出て、深く頭を魔王様に下げた。それはまるで、忠誠を誓った主人に対して深く深く。


「……ううっ、お会いしたかった……魔王サタナス様。僕はずっと、あなた様を探しておりました。その姿、おいたわしや(何という有様)」


 顔を上げたアール君の瞳からポタポタというより、滝のような涙を流していた。


「お前は…………か? ん? ワタシが付けたお前の名前が呼べないな。そうか新しい主人がいるのだな。ワタシと離れて、かれこれ300年は経つか?」


「はい、いまの主人は隣にいますエルバ様といい、魔王軍の最強四天王タクス様の娘です」


「ほう、タクスに娘ができたのか――久しぶりに会って酒を酌み交わしたいな。ほかの者たちはどうしている?」


「ヌヌ卿以外みんなは"サングリア"という魔法都市におりますが……魔族国に新たな魔王様が誕生致したもようで、みんなはその毒草の毒にかかりました。本日、僕たちはここに魔王サタナス様がいらっしゃるか、もと――推測を立てここに探しにきました」


「ここにワタシを探しに? ……そうか、ワタシが魔王国からいなくなり300年経つな。魔王、交代の時期か……しかし、ワタシがこんなところに囚われ、魔王の座を辞任できておらぬ」


「はい、そのとおりでございます」


 パパのことでサラッと、アール君が凄いことを言ったけど。魔王様と話がスムーズに進んでいる。これなら魔王様は魔王をやめてくれるかも。と、私は期待して2人の話を聞いていた。



「フウッ、しばし待て……厄介なものがきた」



 魔王様のため息混じりの声と同時に「「バタン!!」」と、勢いよく部屋の扉が開き。



「「誰だぁ、あたしのサタ様に手を出す不届き者は!」」



 魔王様に何かあったと叫び、ランタンと鋭い槍を持ち、この部屋にきたパジャマ姿の女性。その女性は手に持つランタンを掲げて暗い部屋の中を見回した。


「……あれ? サタ様以外誰もいない? そんなはずない、仕掛けたトラップが全て作動しているもの、誰もいないなんておかしい!」


 その女性はランタンでは部屋の隅々まで見えないと、そくざに明かり付けの魔法を唱え、部屋の中を明るくした。月明かりが差し込むだけだった、部屋の中がはっきりとみえてくる。


「………!」


 多くのトラップが作動し、天井、壁と床に複数の穴が空いた部屋と鳥籠の中の魔王様サタナス。そして、小説の表紙と同じピンクゴールドのふわふわした髪と、長いまつ毛、大きなピンク色の瞳のヒロイン――アマリア・リルリドル。


 明かりの下見た2人はどちらも、小説の登場人らしく見目麗しい。


 しかし――アマリアはその可愛い顔をいまは歪ませ、息を荒げ『どこにいる、泥棒猫は!』『あたしのサタ様に近付きやがって』『あたしのサタ様だ、だれにも渡さない!』と、鬼の形相を浮かべ、トラップが全て作動した部屋の中を隅々まで探しはじめた。


 だが、探しても鳥籠にとらわれた魔王サタナス様しかいない部屋。



「「おかしい! 仕掛けた魔法トラップが全て作動したのに……誰もいない?」」


 

 アマリアはもう一度見回し『チッ』と舌打ちしたあと。右足を"ダン"と床を踏み部屋の中を全て元通りに戻した。



 ――これは復元魔法?



 さすが聖女、彼女は"稀〈まれ〉な魔力を持つ"と小説に書いてあった。――でも、よかった。私とアール君の姿はそんなアマリアに見えていないみたい、もし姿がみえていたら、アマリアは私達に飛びかかってきていたたはずだ。


「……おかしい? いない? 泥棒猫はあたしのトラップに驚いて、すぐに逃げ出したのか?」


 そんなアマリアに、魔王サタナス様が声を掛ける。


「どうした、小娘? そのように可憐な髪を乱し、息をあらげて?」


 あたかも魔王様は今気付いたかのように、アマリアに話しかけた。その途端にアマリアはドス黒いオーラから、ピンク色のオーラをまとう。


「えぇ――! あたしの髪が乱れてる? やだ。リア――ここに誰がきたと思って、急いできたの。サタ様は大丈夫?」


「ワタシは大丈夫だ。……ところでアマリア、目の下にクマができている。また、ワタシのために夜更かししたのか? 体に悪いぞ、はやく寝なさい」


 魔王サタナス様のやさし言葉に。

 

「ふえ? サタ様がリアの心配? ウフフ、大丈夫だよ、リアは夜ふかしなんてしないよ。もう、寝ようとしていたところだもん」



「「…………?」」

 


 鬼の形相で部屋に来たときとはまるで別人の、アマリアにおどろくしなかった。

 

 

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