第29話 神様の恩恵

 手紙を開くと『拝啓』から始まり『敬具』で終わる手紙の内容に私は驚いた。あの日、私にぶつかった軽トラキャンパーはなんと"旅好きの神様"が乗っていた。と、手紙に書いてあった。


 ――ハハ、マジですかぁ。


 その神様が同じキャンプ場で車中泊して、自作の軽トラキャンピングカーに乗っていたなんて、うらやましい。

 いつか私もお金を貯めて、軽トラを買って作ろうとか思っていたから。


 そして、その神様は謹慎中で、ガードレールを飛び出し落ちる寸前に願った『優しい両親。自然とふれあい、のんびりキャンプがしたいなぁ』という願い。植物好きな私に数々のスキル、キャンプ場で読んでいた、本の世界に転生させてくれたらしい。


 ――本当にすみません、すみません、ごめんなさい……その神様が書いたのか。ほとんど謝る内容の手紙。

 だけど、私は怒りなんてないよ……むしろ、喜んでいるよ。手紙を最後まで読んで驚いた。

 


 ――え、ほんと?

 

  

 私は隣で見守るアール君に声をかける。


「アール君、テントの中に入ろう! 不思議な体験ができるよ?」


「不思議な体験ですか? ついていきます」


 2人でテントに入ると、ひとり用のテントのなかは立てるくらいに広く、離れた位置にランタンが灯りが――元の世界で私が住んでいた、アパートの玄関を淡く照らしていた。


「あれは、私の城?」


 この薄汚れた緑色の扉とシミ……住んでいたアパートだ。玄関の取っ手を掴みまわすと、鍵はかかっていない。私は息をのみ玄関の扉を開く、そこには見慣れた小さなキッチン、反対側にお風呂、トイレ……その奥に6畳ほどのフローリングの部屋。


 私は靴を脱いで、部屋の中に入り見回した。


(ダッチオーブン、使い古されたスキレットたち、テーブルの上に出しっぱなしのキャンプ雑誌……当時の部屋のまま何も変わっていない〉


 棚に並ぶ、お気に入りのキャンプ道具と本、キャンプ場の地図、ベッド、クローゼット――懐かしい。

 

 神様からの手紙には、この部屋の中にあるものを3つまで、コチラの世界に持ってきていいと書いてあった。


(3つかぁ、何にするかな?)


 何にしようかな? 日用雑貨はあるし、やっぱり、ここはお気に入りのキャンプ道具かな。


 ……う、うーん。


 よし、決めた! アール君用のアウトドアチェアと、大事に取っておいたダマスカスナイフ。あと一つは――いつか私にも家族ができたら、みんなでバーベキューがしたいと、奮発して買ったバーベキューコンロにしよう。


 私がキャンプ道具を見ている隣にアール君が来る。

 彼は部屋を見渡し。


「エルバ様、見たことがないものばかり、不思議な部屋ですね」


「フフ、そうでしょう」


「面白くて、何か未知な力を感じます」


 と、言った。――もしかして神様の力で、この世界と繋がっている部屋だからかな。さてと、持っていくものを決めたら『声をかけよ』と手紙に書いてあった。

 

 どう声をかける? もしかすると、ここは現世と今世が交わる神様の領域だとしたら、声を出せば神様に伝わる?

 

「神様、いらっしゃいますか? 決まりました」


〈……そうか、決まったか〉


 声をかけると、すぐ優しい男性の声が返ってきた。

 私は決めたキャンプ道具を見せた。


〈その3つでいいのじゃな――いまから恩恵を授ける。大切に使うが良い〉


「はい、ありがとうございます」


〈それと、うちの弟子がすまなかった……詫びても、詫びきれぬ〉


 その声に私は首をふる。


「謝らないで下さい。私が願ったとおり優しい家族ができました……謹慎中の神様に『運転に気を付けて、これからもキャンプを楽しんでください』と伝えてください」


〈な、なんと、優しい言葉をありがたい――では、少し待たれよ〉


「はい」

  

〈よし、それらを持っていっても良いぞ〉


 なんと、アール君のアウトドアチェアは壊れにくく、ふかふかな生地の椅子に変わり、研がなくても切れ味がおちないダマスカスナイフ、魔導具バーベキューコンロに変わった。


 と、言っても。


 使ってみないとわからないかな?

 でも、でも、新しいキャンプ道具、神様の恩恵付き3つゲット!


「神様、ありがとうございました」


 もう一度、神様にお礼を言い、私は住んでいたアパートをゆっくり見渡して、恩恵を受けた3つをアイテムボックスにしまって、アール君とアパートの玄関に立つ。


〈それではまたな。エルバよ、楽しい異世界ライフを送ってくだされ〉


「はい!」


 アパートの部屋から出たと同時に、玄関がキラキラと光り消えていく。――あ、私は2度と元の場所は帰れないのだと、ひしひし感じた。


 少し胸が痛い、せつない?


「エルバ様?」

「平気……だよ」


 "平気だ"と口では言っても……元の世界に未練はないと、言えないのかも。流れる涙をみた、アール君は何も言わず、モフモフの体を擦り寄せてくれた。


 ――とことん異世界を楽しまなくっちゃ!


 涙を拭き、落ち着いてきて、ありえない事に気付く。

 このテントの中やけに広くない? というか、一人用のテントのはずだけど。何処までも、果てしなく続く真っ白な空間に、キャンプマットとラグが出入り口近くにポツンと引いてあった。


 ――こ、これ、どうなってるのぉ? 今貰った、3つ以外のキャンプ道具たちにも神様の恩恵を受けている?


「エルバ様、これすごいですよ。先ほどは気付きませんでしたが、このテントには"空間魔法"がかけられています」


「空間魔法?」


「多分、エルバ様が願えば。この中の大きさが自由に変えられたり、なかに区切り、部屋を作れるかもしれません」


 テントのなかに部屋まで?

 私は神様の恩恵に驚くしかなかった。

 

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