第44話 音信不通の恋人と婚約者
東雲先生は腰を落として低く構えている。
肉食獣が襲い掛かってくる前のようにも、樹齢数百年の老木のようにも見えた。
「えっ!?」
一瞬東雲先生の姿が消え、次の瞬間、腹部に衝撃が走った。
「ぐはっ……」
驚くべき素早さで僕の懐に入り、正拳突きを放っていた。
「そんな遅さじゃ勝蔵には勝てんぞ」
速すぎる。
こんな速度についていけない。
なんとか動きを追うが、東雲先生の姿を確認するのがやっとで攻撃をかわすことは出来なかった。
「敵の攻撃を受け流すのが古林流幽幻闘技の真骨頂じゃろ? そんなに攻撃をもらうとは情けないのぉ」
「すいません」
「隙ありっ!」
「うわっ!?」
足元を払われ、無様に尻餅をつく。
まるで歯が立たない。
おじいちゃんはこんな人と互角の戦いをしていたのかと改めて驚かされた。
その後も東雲先生の容赦ない特訓は続いた。
でも次第に目が慣れていき、動きにもついていけるようになってきた。
速いんじゃない。
動きが独特で視界から消えるんだ。
一時間ほどして、ようやくそのことに気付いた。
頭を動かさずに滑るように移動したり、右に行く振りをして左に動いたり、予想外の動きを織り混ぜる。
それで高速移動している錯覚をしているのだと気がついた。
「ほれっ!」
「ッッ!」
東雲さんの蹴りが見えた。
急いで腕でそれをガードする。
ついに一撃だけだけど東雲さんの攻撃をガードできた。
「おお。遂に止めたか」
東雲老師は嬉しそうに笑った。
「ようやく一撃だけですけど」
「いやいや。大したものだ」
東雲さんはタオルを投げて渡してくれた。
「では勝蔵の弱点を教えてやろう」
「ありがとうございます」
「実はあいつはプレッシャーに弱い」
「プレッシャー?」
「そうだ。たくさんの人が観に来たり、写真を撮られたりすると動きが固くなるんだ
俺が勝った試合はそういう環境の時が多かった」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
想像していた弱点とまるで違った。
フェイントをかけられると足元がおろそかになるとか、連続攻撃の三発目に隙が出来るとか、そういうものを想定していた。
「じゃあ今までの特訓はなんだったんですか?」
「これは奏介の力量を見ていたんだ。やがてアキラのライバルとなる男だからな」
「そんな……おじいちゃんを倒すための秘策を教わってるものだとばかり」
あんなに苦労していたのが馬鹿馬鹿しくなる。
「はっはっは。そう怒るな。まああまりに弱かったら勝蔵とやっても意味がないと伝えるつもりだった。でも大丈夫。今のお前なら弱点をつけば勝てるかもしれない」
「本当ですか!?」
「運がよければ、の話だけどな」
なんだか騙された気もしたけど、いちおう東雲先生のお墨付きをもらえた。
あとはどうやっておじいちゃんにプレッシャーを与えるかだ。
僕はお礼をして、東雲邸をあとにした。
おじいちゃんに勝つ。必ず勝つ。
勝ってイレナさんとの婚約を破棄し、そして──
風合瀬さんに好きだと伝えよう。
決闘に勝ったから付き合うのではなく、好きだから付き合ってほしいと。
その結果フラれるかもしれない。
でも気持ちを伝えずに過ごすよりはよっぽどマシだ。
スマホを取り出して二人でデートしたときに撮った写真を眺める。
屋内型動物園に行ったときのものだ。
風合瀬さんはオオハシを腕に乗せ、弾けるような笑顔を見せてピースしている。
写真なのに笑い声が聞こえるかのようだった。
「相変わらず賑やかな人だな」
写真の風合瀬さんに微笑みを返す。
しかし少し不安もあった。
昨日の午前中にメッセージが来て以降、一通も返信がないことだ。
ここ最近は風合瀬さんから毎日メッセージが届いていた。
日常の些細なこととか、夕飯の話や授業のこととか他愛のないことばかりだけれど。
(何かあったのかな? いや、ただ単に特に話すこともないからメッセージがないだけか)
そんなことを考えてちょっと落ち込む。
ついでに言えばイレナさんからもメッセージはなかった。
~ワンパン姫side~
時は少し遡り、古林くんが東雲老師とゲームをしている頃──
「古林くんがいない今日がチャンスだね」
私が問い掛けるとイレナが「うん」と頷く。
「私が奈月と許嫁の座を争って戦うなんて聞いたら、絶対古林くんに止められちゃうもんね」
イレナと戦うため古林くんと特訓をする予定だったが、それは出来ていなかった。
本当はちゃんと特訓してから戦いたかったけれどこのチャンスを逃すわけにはいかない。
古林くんの道場につくとおじいさんは一人で型の練習をしていた。
「おお! お嬢さんは奏介の許嫁のイレナさん」
「ご無沙汰してます」
隣に私がいるのを見て、瞬時に状況を理解したのだろう。
表情がきゅっと引き締まっていた。
「古林くんは幽幻闘技の後継者だから強い女性と結婚して強い子どもを作らなくてはいけない。そうですよね?」
「そうだ」
「だったら私がイレナよりも強ければ、私と結婚してもいいということですよね?」
おじいさんは目を細めて私を視線で射貫く。
ぞくっと震えたけれど全身に力を入れておじいさんに視線を向ける。
「婚約とは家と家の取り決めじゃ。そんな簡単な話じゃない」
「でもっ──」
「ただ」
私の言葉を遮り、小さく口許だけで笑った。
「お嬢さんがそこまで強いというなら、興味はある」
わずかだけどチャンスをもらえた。
期待に応えるために勝つしかなかった。
────────────────────
古林くんが特訓している最中、風合瀬さんにも大きな山場が訪れてました。
果たして二人の対決はどうなるのでしょう?
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