第43話 濡れ髪の訪問者

「ちょ、待って。めっちゃ上手いじゃん!」


 成り行きでアキラちゃんと一緒にポートライトをすることになった。

 おじいちゃんに厳しいこという割に彼女もそれほどうまくなく、僕のプレイに感動していた。


 結局夕飯までゲームをして、東雲さんご一家と夕飯というなんだかカオスな展開になっていた。


「えー! 奏介、そのなんとかいう武術を継ぐのー!?」

「うん、まあ。いちおう」


 許嫁の件とかは恥ずかしいので伏せて、ここにやってきた動機を説明した。


「驚いてないでアキラも継がんか」

「あたし女だよ? 喧嘩みたいなの嫌だし」

「喧嘩ではないと言ってるだろ」

「まぁまぁ父さん」


 継がなかった息子さんがなだめる。

 やはり今どきそんなへんてこな武道などみんな興味ないのだろう。


「よく継ぐ気になったね」

「長く続いてきたものだし、僕の代で伝統を絶やすのもよくないかなって」

「ふぅーん。そっか。えらいね」


 アキラちゃんはお箸を咥えながらうつむき加減になる。

 その姿を見て、なんとなく彼女も継ぐ意思はあるように感じた。


 ホテルに泊まると言ったけど結局東雲家の客室に泊めてもらった。

 因縁ある両家と聞いていたが、似た者同士で現代では意外と関係は悪くないのかもしれない。


 風呂上がりにスマホを手に取る。

 意外にも風合瀬さんやイレナさんからメッセージが届いていなかった。


(まあそりゃそうか。彼氏とはいえ仮だし、許嫁といっても親が勝手に決めた相手だし。わざわざ何度もメッセージなんて送ってこないよな)


 少し寂しさを覚えながらスマホを鞄にしまおうとした時、トントンと襖をノックする音が聞こえた。


「はい」

「よ!」

「おー、アキラちゃんか」


 どうやら風呂上がりらしく濡れた髪のアキラちゃんがやって来た。

 はじめ見たときは男の子っぽく見えたけど濡れ髪姿は少し色気があってドキッとした。


「ちょっといい?」

「うん。いいよ」


 スマホをしまい姿勢を直して向き合う。


「奏介って小さい頃から修行させられてたの?」

「まあね。嫌でしょうがなかったけど」

「あたしもー。ダンスとかしたいのに拳法習わされて最悪だった」


 やはり僕と同じような境遇のようだ。

 冬の道場の床は冷たいとか、手加減されても殴られたら痛いとか稽古あるあるを言い合って盛り上がる。


「そんなに嫌だったのによく継ぐ気になったね」

「まぁね。おじいちゃんに悪いし、それに嫌いなんだけど、やっぱり古林流幽幻闘技が好きなんだと思う」

「そっかー……」

「アキラちゃんは継がないの?」


 背中を押すようにやんわりと訊ねると、「うーん」と照れ笑いしながら前屈みになる。

 ゆるゆるのTシャツの襟元が大きく開き、ささやかな谷間がチラッと見えた。


 えっ……

 まさかノーブラ!?


 男の部屋にやって来るのにそれはあり得ないと思ったが、いわれてみれば胸のてっぺんがポチっと主張していたような気もする……


 慌てて目を逸らした。


「どうかなぁー。やってみようかなって気はあるんだけど」


 アキラちゃんは胡座を組む。

 ショートパンツの隙間から下着が見えそうで再び視線を逸らした。

 中学二年生なんだからもうちょっと気を付けた方がいい。


「おじいちゃんはアキラちゃんに期待してるみたいだよ」

「それはひしひしと伝わってくる」


 アキラちゃんはイーッと歯を見せて苦笑いする。


「もし跡を継いだら僕との交流戦もよろしくね」

「うん。分かった。でも負けないと思うよ」

「なんで?」

「だって奏介、弱そうだし」

「言ったな。将来叩きのめしてやるから」

「へぇ。楽しみだなー」


 笑いながらアキラちゃんが立ち上がる。


「話聞いてくれてありがと。同じ境遇の人と話が出来てスッキリした」

「こちらこそ」


 部屋を出る間際、彼女がくるっと振り返る。

 なぜか顔が真っ赤だった。


「跡を継ぐって言ってたとき、ちょっとかっこよかったよ。じゃーね。おやすみー」

「そ、そう? ありがと」


 アキラちゃんは小屋から逃げ出したウサギのように勢いよく出ていった。

 悩んでいるけど跡継ぎになりたいという気持ちはあるのかもしれない。

 東雲先生が思うより東雲八方術の未来は明るい気がした。



 翌朝。

 道場に来るようにと言われて向かう。

 どうも東雲先生は道場でゲームをするのが好きなようだ。


「おはようございます」


 挨拶しながら道場に入ると、道着を着た東雲先生が正座をし、目を閉じて僕を待っていた。


「何をしてる。はやくこっちへ来い」

「稽古をつけてくれるんですか?」

「そうだ」

「ゲームが上手くなってからじゃなくてもいいんですか?」


 確認しながら東雲さんの前に座る。


「その必要はない。アキラが跡を継いでもいいと言ってくれた」

「え? そうなんですか」

「お前がアキラをやる気にさせてくれたんだろ? 感謝する」

「そんな。僕は別に」


 昨夜話したことが効いたのだろうか?

 特に説得したわけではないけれど、やる気を出してくれたというのならよかった。


「お礼に約束通り勝蔵の弱点を教えてやる。だがその前に手合わせをするぞ」

「はい。ありがとうございます」


 昨日とはうってかわり、東雲さんからは凄まじい覇気が漲っていた。



 ────────────────────



 古林くんの気持ちがアキラちゃんも動かしたんですね!

 いよいよ特訓開始。

 果たしておじいちゃんの弱点とはなんでしょうか?

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