第42話 東雲アキラ

 東雲さんがやっていたゲームは『ポートライト』というサバイバルゲームだった。

 百人のプレイヤーがバトルステージに降り立ち、各地に散らばっている武器を手に戦うというゲームで、最期の一人になった人が『キング』となり勝ちというルールである。


「奏介はこのゲームをしたことがあるか?」

「あ、はい。結構やってます」

「さすがにキングになったことはないんだよな?」

「いや。けっこうキングになってますよ」

「なん、だとっ……⁉」


 東雲さんは驚愕で目を見開く。


「とりあえず一回プレイしているところを見せてもらってもいいですか?」



 東雲さんはゲーム開始早々、人が集まりそうなところに突撃し、武器や弾薬を集めることもなくすぐに戦い始める。

 しかも照準エイムはでたらめで、無駄撃ちばかりして弾切れになってしまう。

 これではキングはおろか、五分生き残るのも厳しいだろう。


 口で説明すると分かりづらいのでプレイしながら説明することとした。


「銃を撃つときはなるべく照準を動かしすぎず、身体の向きを変えて相手を自分の正面に捉えるのが基本です」

「ほう、なるほど」

「狙われないように飛びながら相手の周りを旋回して撃つ」

「おおー! 倒したな」


 一人倒しただけなのに東雲さんは大喜びだ。


「倒したあとは素早くその場を離れる。銃声を聞き付けてやって来るプレイヤーが多いですから」

「逃げるのか? そんな軟弱な真似はできん」

「別に逃げる訳じゃないです。連戦すればどんな上手い人だって負けます。無駄な戦いを避けるだけですから」


 武器の集め方、安全な回復方法、ショットガン、マシンガン、アサルトライフルなどそれぞれの武器の特性も教える。


「なかなか指がついていかん! あー、またやられた!」

「落ち着いてください。それが一番大切です。武術と一緒ですから」


 やり方はずいぶんと理解してもらったが、ゲームに慣れてないのでコントローラーの操作がおぼつかない。

 それでもはじめよりはずいぶんとこなれてきた感はある。

 いつの間にか日が傾いてきていた。

 そろそろ帰らないと夜遅くなってしまう。


「もうこんな時間だ」

「お、ほんとだな」


 東雲さんは立ち上がって背中をポンポンと叩く。

 ようやくおじいちゃんの弱点を教える稽古をしてくれるようだ。

 僕も一気に気が引き締まった。


「奏介は苦手なものとかあるのか?」

「苦手……」


 そう問い掛けられ、ハッと我に返った。

 おじいちゃんの弱点を知る前に自分の弱点を知る。

 言われてみれば当たり前の話だった。


「そうですね、僕は受け手に回って戦う戦術なんで相手も受け身に回る戦い方だと苦手ですね」

「は?」


 東雲さんはポカンとした顔で僕を見る。

 なにかおかしなことを言ってしまっただろうか?


「いや、そういう意味じゃなくて、食べ物。レバーが嫌いとかカボチャが嫌いとかそういうの」

「食べ物ですか? そうですね……ハマチとかブリとか脂っこい魚の刺身は苦手ですね。それがどうしたんですか?」

「どうしたって……夕飯に出てきたら嫌じゃろ? 恵子さんに言っておかないと」


 東雲さんは当然のことのようにそう告げた。


「夕飯なんて結構ですよ。稽古をつけてもらったら帰りますので」

「何を言っとる。俺はまだキングを取れるほど強くなってない。明日も教えてもらうからな。今夜は泊まっていけ」

「そ、そんなっ」


 東雲さんは「ブリとハマチ、ブリとハマチ」と繰り返しながら道場を出ていってしまった。

 日帰りのつもりがとんでもないことになってしまった。


 仕方なく家に電話して母さんに事情を伝えると「それはいい考えね! 頑張って修行するのよ。終わるまで帰ってきちゃダメ」と応援されてしまった。

 これで退路も断たれた。

 覚悟を決めて泊まることを決意する。


「奏介、聞いておいてよかった。今夜は刺身らしい。奏介はハマチじゃなくて甘エビにしてくれるそうじゃ」


 東雲さんは嬉しそうに帰ってきた。


「泊まる用意してないので着替えとか買いに行ってきます」

「そんなの貸してやるのに」

「いえ。そうもいきません」


 買い物に行こうとしたとき、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


「あ、じーちゃんここにいたのか。はやくポートライトし──」


 中学生くらいの元気のいい男の子がやって来る。

 僕の姿を見てビクッと立ち止まる。


「誰?」

「こら、アキラ。お客さんに指を差すなんて失礼だぞ」


 どうやらこの子が弟子入りを渋っているお孫さんらしい。

 まだあどけない顔で身体の線も細かった。


「はじめまして、アキラくん。古林奏介です」


 挨拶をするとアキラくんはみるみる顔を赤くして瞳に怒りを滲ませていく。


「あたしは女の子! アキラくんじゃなくてアキラちゃんだから!」

「えっ!? あ、ごめん」

「ごめんで済むか! 失礼すぎ!」


 ショートヘアで日に焼けているし、ショートパンツにTシャツという出で立ちなのでてっきり男の子だと勘違いしてしまった。


「あんたこそなよっとしてて女の子みたいじゃん」

「たまに言われる」

「そこは怒りなさいよね、まったく!」

「ごめん」


 どうやら初対面で相当嫌われてしまったようだ。




 ────────────────────



 特訓に来たものの、そう簡単ではなさそうです。

 東雲さんは果たしてキングになれるのでしょうか?

 頑張れ、古林くん!


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