第41話 東雲流八方術

 おじいちゃんには昔からのライバルがいる。

 いや、古林流幽幻闘技の宿敵と言った方がいいかもしれない。


 その名も東雲紅雲しののめこううん。東雲流八方術の伝承者である。


 東雲流八方術と古林流幽幻闘技の因縁は江戸時代まで遡るらしい。

 互いに仕えていた主君のため暗殺や護衛を任されていた。

 主君の代理の戦いなども頻繁にあったそうだ。


 とはいえこの令和の世の中でそんな物騒なことはない。

 令和といわず戦後からは激しい戦いはないそうだが、時おり手合わせをすることはあった。

 うちのおじいちゃんと東雲紅雲さんも何度も交流試合をしていたし、僕も見学させられたこともある。


 その東雲紅雲先生に会うために俺は電車に揺られている。

 学校を休んでまで向かっている目的は、おじいちゃんの弱点を教えてもらうためである。

 長年ライバル関係にあった東雲さんなら、必ずなにか弱点を知っているはずだ。


 真向勝負でおじいちゃんに勝てるとは思えない。

 ちょっとずるいけど勝つためには手段を選んでいられなかった。


「とはいえ東雲先生がおじいちゃんの弱点なんて教えてくれるかなぁ……」


 思いついてすぐに行動に移したのはいいけれど、今さら不安になってきた。

 東雲さんはおじいちゃんに負けず劣らず厳しい人だ。

 弱点をつく作戦なんて卑怯なことに加担してくれるとは思えない。


 気付かれないようにさりげなく聞いてみようと考え、すぐさまその考えを打ち消した。

 騙すようなことをするのは卑怯だ。

 やはり事情を説明して協力して欲しいとお願いしよう。


 最寄駅に到着したのは昼前だった。急に学校を休んだので風合瀬さんとイレナさんからメッセージが届いていた。

 本当の理由をいうとややこしいし、風邪と嘘をつくと放課後にやって来るかもしれない。

 結局急用で出掛けたとだけ伝えておく。


「相変わらずでかい家だなぁ」


 東雲家の前に立ち、立派な門構えにちょっと怯む。

 庭師が手入れしてそうな日本庭園の奥に平屋建ての家屋が見える。

 もちろん敷地内に道場も完備していた。

 意を決してインターホンを押すとうちの母くらいの女性が出てきた。


「古林と申します。東雲紅雲先生はご在宅でしょうか?」

「あら、古林さんところの。大きくなったわねぇ。おじいちゃんは道場にいるわ」


 おばさんに案内されて道場に向かう。

 やはり高齢になっても毎日の鍛練は欠かさないようだ。

 さすが東雲流八方術の伝──


「え?」

「お義父さん、古林さんのお孫さんよ」


 東雲紅雲先生は道場の隅で壁に背中を預けてゲームをしていた。


「古林? ああ、勝蔵の孫か」


 東雲さんは顔も上げずに答える。

 まるで夕飯前の小学生のような態度だ。


「突然すいません。東雲先生にご指導を仰ぎたくてお邪魔しました」

「いま大事なとこだから静かに。あー、もう! やられちゃったじゃないか。馬鹿者」


 おばさんはやれやれという顔で去っていった。


「あの……東雲先生。稽古をつけてもらいたくて来たのですが」

「修行なんて勝蔵につけてもらえばいいだろ」

「実はそれが──」


 許嫁がいること、それを阻止するためにはおじいちゃんに勝たなくてはいけないこと、許嫁は断っても古林流幽幻闘技の後を継ぐことを説明した。

 その間も東雲さんはゲームをしっぱなしだったが、跡を継ぐことを告げると顔色が変わってゲームをやめた。


「奏介、お前は古林流を継ぐ決意をしているのか!」

「あ、はい。おじいちゃんが必死に守ってきたものだから絶やしちゃいけないんで」

「えらいっ!」


 東雲さんは僕の肩をパァーンと叩いた。

 結構痛い。


「見上げた男だ! それに比べてうちの跡取りたちは……」

「誰も継がないんですか?」

「息子たちは見向きもせず、いまは孫に期待しているところだ」


 どこも同じように後継者不足のようだ。


「それでふて腐れてゲームしてたんですか?」

「いや違う。孫がな、ゲームに勝ったら跡継ぎになってもいいって言うから特訓してたんだ」

「そうだったんですか」


 後継者のために師匠が特訓なんて聞いたことがない。

 なんだか不憫に思えてきた。

 しかしいまは自分の問題を解決するのが先決である。


「僕は東雲先生におじいちゃんに勝つための秘策を教わりに来ました」

「秘策、ねぇ……」

「ズバリ訊きます。おじいちゃんに弱点はあるのでしょうか?」


 東雲さんは既にキリッと引き締まった格闘家の表情になっていた。

 僕の記憶の中にある、雄々しい東雲さんだ。


「俺は勝蔵とこれまでちょうど五十回戦った。戦績は二十二勝二十七敗、一引き分け。少し負け越してるのが気に食わないが、永遠のライバルだ」

「いえ。あのおじいちゃんと五分の戦いをしているなんて、本当にすごいことだと思います」

「もちろんあの男の弱点も知っている。ただ」


 東雲さんは鋭い眼で僕を射抜く。

 高齢とは思えない凄みがあり、思わず怯んでしまう。

 さすがは東雲流八方術の伝承者だ。


「すいません。弱点を攻めるなんて卑劣なことを──」

「ゲームを教えてくれたら教えてもいい」


 僕の声と東雲さんの言葉が重なる。


「え?」

「孫に勝てるようにゲームを鍛えてくれたらアイツの弱点なんてなんぼでも教えてやる」


 別に卑怯だと怒っているわけでは、なかったようだ。



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 勝つために手段を選ばない古林くん。

 果たして秘策は手に入れられるのでしょうか?


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