第37話 マッサージ回

 ~ワンパン姫side~


 古林くん家からの帰り道、駅までどんどん近くなる。

 もっと一緒にいたくて、雑貨屋の店先に並んだ特に興味のない人形を「かわいい」と褒めて立ち止まる。


「へぇ。こういうの好きなんだ。意外だね」


 ピンクのイルカがハートを抱き締めているぬいぐるみを見て、古林くんが意外そうな顔をする。


「なに? 私みたいな可愛げのない女はかわいいものを好きじゃ駄目なの?」

「そ、そんなこと言ってないって」

「言ってなくてもそんな顔してた」


 我ながら無茶苦茶な理由で怒っている自覚はあった。

 けれどなんだかちょっとかちんと来てしまっていた。

 古林くんが相手だと、つい甘えてしまう気がする。


「風合瀬さんは可愛らしいよ。この人形もよく似合う」

「無理しなくていいよ」

「本当だって! あ、そうだプレゼントさせてよ」

「え? い、いいよ、そんなの!」


 私の制止を振り払って、古林くんは会計を済ませてしまう。


「はい、どうぞ」

「ありがと……」


 別に欲しかった訳じゃないのに申し訳ない。

 でも古林くんから貰ったものだと思うと、なんだかすごく欲しかったものに見えてくるから不思議だ。


 その後も寄り道しながらゆっくりと駅に向かった。

 改札でいいといったのに古林くんはホームまで見送りに来てくれた。

 本当に優しい人である。



 家に帰ってからも頭はなんだかぽーっとしていた。

 こういう日は早く寝るに限る。

 古林くんに買ってもらったハートキャッチイルカ人形を持ってベッドに潜る。


(よく見るとこのイルカ、惚けた表情が古林くんに似てるかも)


 そんなことを意識すると妙にドキドキしてきた。


(キス、してみようかな?)


 ぬいぐるみに顔を近付けると、心臓がバクバク震えはじめる。


 これは古林くんじゃない。

 イルカの人形だ、


 そう思いながら顔を近付け、ゆっくりとキスをした。


「あー、もうっ! 好き!」


 ぎゅっと抱き締めると突然イルカの人形はブルブルブルブルブルブルッと小刻みに震えはじめた。


「きゃっ!? な、なに?」


 どうやらハートのところにスイッチがあるらしく、そこを押すとバイブレーション機能が発動する仕組みらしい。

 たぶんマッサージをするものなのだろう。


「こ、こんなエッチな人形プレゼントするなんて最低っ」


 軽蔑しかけたが、よく考えればこれを欲しいといったのは私だ。


 ブブブブブッ……


 小刻みに震えるイルカの顔をジィーッと見つめる。


(駄目。絶対駄目だからね……)


 そう抗いつつ、ゆっくりと人形を内ももに挟んでいた。


(そう。これはマッサージ器だ。今日は歩いて脚が疲れたから……私は正規の使い方をするだけ……)


 今日はスカートで遊びに行ったから、絶対古林くんは私のパンツを見たはずだ。

 絶対今ごろそれを思い出して、そして私で……

 変態。えっち。さいあく……


「お互い様、だよね?」


 布団を頭まで被り、目を瞑る。

 記憶の倉庫から今日の古林くんを引っ張り出してきた。


『したい……風合瀬さんと、結婚したい』


 少し照れながらも真剣な古林くんの表情を思い出す。


「ほんとに私と結婚したい?」


 脳内イマジナリー古林くんに問い掛ける。


「エ、エッチなことがしたいだけとかじゃないよね?」


 意地悪な質問も、古林くんは優しく丁寧に否定してくれる。


「本気なんだ? へぇ。古林くん、そんなに私のこと好きなの? えー? ほんとかなぁ? あっ……う、うん……なんでもない」


 まどろっこしくて内股をスリスリさせてしまう。


「え? わたし? 内緒……違うってば。うん。好き、だよ。うん。ありがと。あ、ダメ……ちょっと、もう……。ほんとは、まあ、駄目じゃないけど……でもちゃんと私を古林くんのお嫁さんにしてね……えー? えっち。……うん、いいよ」


 脳内古林くんはずいぶんと大胆だ。

 息が弾んでお布団の中はずいぶんと熱気が籠ってしまう。


「好き……古林くん、好き……私も大好きだよ……いいよ。私は古林くんのお嫁さんなんだから……うんっ……痛くないってば……そんなに気を遣わないで。目を見るの? や、恥ずかしいってば……あっ……ごめっ……も、もう……ごめんね、ごめん……ごめんなさいぃっ……あっ……」


 私は一本の棒になったように、脚も背筋もピンッと伸ばす。

 甘くてずくんっと重い電気が身体中を駆け巡っていた。


 一分ひど放心してからモゾモゾと動く。

 今夜はまだまだ寝られそうになかった。



 翌朝、教室につくと古林くんが笑顔で私に近付いてくる。


「おはよう、風合瀬さん」

「お、おはよ……」


 気まずくて古林くんの顔がまともに見られなかった。


「昨日はありがとう。うちの親もすごく喜んでいたよ」

「そ、そう。よかった」


 ダメだ。

 古林くんがだんだんイルカのぬいぐるみに見えてきてしまう。


「あれ? もしかして風合瀬さん、寝不足なの?」


 いきなり図星を当てられ、顔がかーっと熱くなった。


「こ、古林くんのえっち!」

「へ? な、なんで!?」


 イマジナリー古林くんと違い、本物の古林くんは鈍感だし、消極的だ。

 私と結婚したいなんて、やはりあの場を凌ぐための嘘だったに違いない。

 本物の恋人になるには、まだまだ道のりは長そうだ。



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 お待たせいたしました!

 ようやくコロナから生還いたしました!

 温かいお言葉、誠にありがとうございました!


 そしてようやく復帰したのにいきなりこんなシーンですいません


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