第36話 結婚宣言

「じゃあお二人は大学から付き合っていたんですね」

「と、思うでしょ? これが違うのよ」

「さあデザートにしよう。ほら、お母さん片付けるの手伝って」


 父さんは強引に話を打ち切ろうとするが、無視されてしまう。


「仲良くなったんだけどなかなか告白してこなくてね。仕方ないから二人きりになるチャンスもたくさん上げたのに、それでも全然でね」

「じゃあおばさんはその間に他の彼氏と付き合ったんですか?」

「い、いや、それは……まあ……あんまり恋愛とか、そういうのは興味なかったし。私に彼氏ができたらこの人落ち込んで失踪しそうだったし……まあ、一応待っててあげたというか」


 ようは母さんも父さんにベタ惚れだったということだ。

 って、何を聞かされてるんだ、これ?

 風合瀬さんの前で両親のなれそめと熱愛ぶりを聞かされるなんて、まるで拷問だ。


 いや、いまはそんなことより──


「父さん。実は僕もおじいちゃんから許嫁がいるって言われてて」

「えっ!? そうなの!?」


 今度は両親が驚く番だった。

 すべての事情を説明すると父さんは深く頷いた。


「それはあんまりだ。父さんからおじいちゃんに言ってやる。武道のために結婚相手が決まってるなんてあり得ない」

「駄目よ。これは奏介とお義父さんの話なんだから」


 憤る父さんを意外にも母さんがたしなめる。


「奏介が自分でなんとかしないと駄目なの」

「でもお父さんは強情だからなぁ」

「あなたも私と結婚するために頑張ったんでしょ? まだ彼女でもなんでもない私のために」

「それはまあ……」

「おばさんの言う通りです。古林くんに私たちの未来を切り開いてもらいます」

「そんな……」


 せっかく父さんが仲間になってくれそうだったのに……


「頑張ってね、古林くん」


 風合瀬さんがそっと僕の手の上に自らの手のひらを重ねる。

 柔らかくて温かい感触に触れ、勇気をもらえた気がした。


「そうだな……奏介も風合瀬さんと結婚したいなら自分の力でおじいちゃんと向き合わないとな」

「い、いや、結婚なんてまだ早いけど……」

「なに? 結婚は考えてないけど適当に遊ぼうって思ってるの? そんないい加減な気持ちなわけ?」

「私とは遊びなの?」


 母さんの厳しい追求に風合瀬さんが悪ノリする。


「あ、遊びとかじゃないけど」

「じゃあ私と結婚したい?」


 風合瀬さんは笑いを噛み殺しながら上目遣いで僕の顔を覗き込む。

 いや、可愛すぎるっ!

 普通に結婚したいっ……


「し、したい……風合瀬さんと、結婚がしたい」

「ちょっ……目が怖いってば……」

「ごめん」


 両親の前で何をしてるんだ、僕は……

 恥ずかしくて汗がジワーッと噴き出してくる。

 自分でからかっておいて恥ずかしくなったのか、風合瀬さんも顔を赤くしてもじもじしだす。

 話題を変えるため、咳払いをする。


「それにしても父さんも許嫁がいて、しかも母さんと結婚するために跡継ぎにならなかったとは知らなかったよ」

「それまで逆らうことなんてなかったから、おじいちゃんは驚いてたよ」


 そんなことがあったとしても今は仲は悪くなさそうなので和解できたのだろう。


「僕もなんとか跡継ぎの座を辞退しないと」

「跡は継いで上げなさい」


 母さんが真面目な顔でそう言った。


「えっ、でも……」


 僕も風合瀬さんも不安な顔になる。


「おじさんが亡くなってしまって、おじいちゃんは跡目について悩んでるわ。奏介が伝統を守ってあげて」

「おじいちゃんの気持ちは分かるけど……」

「もちろん奈月ちゃんと結婚するのよ。許嫁とは結婚しないで、跡を継ぐの。その方法を考えてあげて。お願い」


 そんな簡単なことではないということは母さんも分かっているのだろう。

 その上で母さんは僕にお願いしていた。


「分かった。古林流幽幻闘技の歴史はなんとかするよ」

「ありがとう。奈月ちゃんも奏介を助けてあげてね」

「はい。もちろんです」


 風合瀬さんは真剣な顔で頷く。


 昼食のあと、両親も交えてアルバムを見たり、トランプなどをした。

 高校生のおうちデートとは思えない内容だけど、風合瀬さんも楽しんでくれたみたいなのでギリOKということにしておこう。


 夕方になり、僕は風合瀬さんを駅まで送った。


「なんか騒がしい親でごめんね」

「ううん。楽しかったよ」


 風合瀬さんは笑顔を抑えきれないという様子で微笑む。


「うちの母さんは本当におしゃべりが好きだから」

「素敵な人だよね」

「そう?」

「特におじいさんの為に幽幻闘技を継いで欲しいって言ったのは、ちょっと感動しちゃった」


 自分の母親を褒められるというのは恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。


「古林くんは私と結婚したいんだもんね?」

「そ、それは」

「冗談。そんなに焦んないでよ」


 風合瀬さんは笑いながら僕の二の腕を叩く。意外と力加減が強く、ちょっと痛かった。


「焦ったというか……」

「私と結婚するかはさておき、私も協力するからね。お母さんに頼まれちゃったし」

「ありがとう」


 どうすればいいのかはまだ分からない。

 でも必ず方法はあるはずだ。


 婚約を解消し、古林流隠密骨法も継承し、そして風合瀬さんと結婚する方法。

 その全てを僕は諦めたくなかった。



 ────────────────────



 風合瀬さんと結婚する宣言をしてしまった古林くん。

 これでもう後戻りはできないね!

 頑張って突き進むんだ!


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