第35話 ときには昔の話を

「わぁ、かわいい!」


 風合瀬さんは僕のアルバムを見て大はしゃぎだ。

 昔の自分の写真を褒められるっていうのはなんだか恥ずかしい。


「それは家族でテーマパークに行ったときの写真だね。待ち時間長すぎて疲れてるところ」

「グターッとしてるのに無理してピースしてるのがかわいいね」

「そうかな?」


 ふて腐れた顔をしていてちっとも可愛らしいとは思えない。


「あ、こっちはプールだ。日に焼けてるねー」

「市民プールだね。よく家族で泳ぎに行ったんだ」

「ところでさっきからいつも写ってるこの子って、妹ちゃん?」


 風合瀬さんは不思議そうに玲衣を指差す。


「あー、それは従妹だよ。玲衣っていうんだけど、よく僕ら家族が出掛けるときに一緒に連れていったんだ」

「へぇー。この子がイレナと戦ったっていう従妹ちゃんか。可愛らしい子だね」

「そうかな?」


 玲衣は写真でも全然笑っていない。

 愛想というものが欠落している。

 風合瀬さんのかわいいの基準はよく分からない。


 写真を見ているうちにお昼となり、リビングに移動する。


「すいません。お昼までご馳走になるなんて」

「とんでもない。こちらが無理やりお昼ごはんに誘ったんだから」


 お父さんはエプロン姿でニコニコしている。

 今日のメニューはポロネーゼスパゲッティとサラダ、メインはアクアパッツァだった。


「おいしいっ! お父さん、コックさんなんですか!?」

「ただの趣味だよ」


 謙遜しながらもまんざらではなさそうだ。

 確かに美味しいけれど、昼ご飯のボリュームではない。

 気合いを入れすぎだ。


 母さんは僕の普段の学校生活の質問から始まり、風合瀬さんの趣味、デートはどこに行くのかとかまであれこれ質問してきた。

 風合瀬さんは躊躇うこともなくそれらを真面目に答えてくれていた。


「警察の尋問じゃないんだから質問しすぎだよ」

「そう? 別にいいじゃない。ねぇ、奈月ちゃん」

「はい。全然構いません」


 既に奈月ちゃんだなんて下の名前で呼んでいる。

 人との距離の取り方がバグっている母さんだ。


「奈月ちゃんも質問してくれていいのよ。奏介が何歳までおねしょしていたのかとか、何歳までお母さんとお風呂に入っていたのかとか」

「やめてよ」

「じゃあ質問なんですけど、おじさんも古林流幽幻闘技をされていたんですか?」


 その質問をすると、父さんが「あー、いやぁ」と照れた顔をした。


「すいません。失礼なことを聞いてしまいましたか?」

「いや、いいんだよ。そう、おじさんも幽幻闘技は習っていた。高校生くらいまでかなぁ」


 実は僕もなぜ父さんが後継者になれなかったのか、いつやめたのかをちゃんと聞いたことがなかった。

 息を飲んで耳を傾ける。


「ちょうど奏介くらいの頃かな。お父さん、奏介のおじいちゃんから結婚する許嫁がいると聞かされてね」

「えっ!?」


 衝撃の告白に僕も風合瀬さんも驚く。

 でも考えてみれば孫の僕に許嫁を用意して、息子の父さんに用意しないわけはない。


「でもおじさんはそのとき好きな人がいてね。どうしても許嫁と結婚したくなかった。もちろんおじいちゃんはそんなことを許してくれなかった。それで喧嘩になってね」

「どうなったんですか?」

「親子の縁を切るなんてとこまで発展したんだ。でもお母さん、奏介のおばあちゃんだね。お母さんが間に入ってくれてなんとか仲裁してくれた。幽幻闘技は継がない代わりに破門だってかたちで収まった」


 そんなことがあったなんて知らなかった。

 僕とまったく同じ境遇だ。


「もしかしてその好きだった女の子って……」

「はーい。わたしです」


 母さんはちょっと恥ずかしそうに手を上げる。


「そうなの!? 父さんと母さんって高校生の頃から付き合ってたんだ!?」

「ううん。違う高校だったし、お父さんの名前も知らなかったの」

「え?」

「お母さんはアイスクリーム屋さんでバイトしてて、お父さんはそこのお客さんで来てくれてたの」

「別にアイスが好きでもないのに毎日のように買いに行ってたなぁ。真冬でも」


 父さんは懐かしむように目を細める。


「すごい!その状況から結婚まで進展するなんて素敵です!」


 いかにも女子が好きそうな話で、風合瀬さんは目を輝かせていた。


「恋人でもないのに、よくおじいちゃんが許したよね」

「まあ弟もいたし」


 そこまで言うとお父さんは静かに目を伏せる。

 弟とはもちろん玲衣の父さんである。

 叔父さんは玲衣がまだ赤ん坊のころ亡くなった。

 職場での事故だった。


 家族全員が急に言葉をなくしたことで、風合瀬さんもなんとなく事情を察したようだった。


「私たちの若かった頃はストーカーなんて言葉なかったけれど、今に思えばお父さんはストーカーのはしりだったわね」


 場の空気を変えるように母さんが父さんを茶化す。


「ストーカーなんてひどいじゃないか」

「同じ大学に入学してくるし、講義も同じものを履修してきたのよ」

「おばさんは気付かれていたんですか?」

「すぐに気付いたわ。だって毎日アイスを買いに来るお客さんですもん。はじめはあの人はアイスが主食なんじゃないとか噂されてたわ」


 父さんは顔を赤くして「そんな話もういいだろ」と焦っていた。


「でもそのうち私にだけ態度が違うとか、外から眺めて私がいないときは店に入らず帰ってしまうという生態が明らかになって」

「生態って。人を野生動物みたいに」

「じゃあおばさんもおじさんの好意に気付いていたんですね?」

「まぁ、なんとなく。別に私の方は少し気になる程度だったの。お父さんがベタ惚れだっただけ」


 お母さんは顔を赤くしてぞんざいにそう言った。

 絶対まんざらでもなかったんだろう。



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 知られざる父と母の青春時代。

 この話に古林くんの運命を変えるヒントがあるのでしょうか?

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