第34話 彼女がやって来る土曜日

「週末、友達が来るんだけど」


 夕食終わりにそう切り出したが、性別を言っていないので両親は「ふぅん」とか「伊坂くん?」程度の反応だった。


「それが、その、女の子なんだ」


 そう言った瞬間、父さんも母さんも固まった。


「嘘でしょ!? 奏介が女の子を!?」

「遂に奏介にもそういう人が出来たか。うんうん。おめでとう」


 驚愕する母と、感涙する父。

 予想していたけれど、やはりすごい反応だ。

 特に涙ぐむ父さんはすごかった。


「じゃあお父さんが腕によりをかけて昼食作るから」

「ふ、ふつうでいいよ」

「いや。そうはいかない。なんといっても父さんは息子の彼女に料理を振る舞うのが夢だったんだから!」


 どんな夢を抱いているんだ、うちの父は。

 こんな感じだからおじいちゃんから古林流の伝承者に相応しくないと烙印を押されたのだろう。

 でも僕にとっては優しくて最高の父さんだ。


「別に彼女って訳じゃ」

「彼女じゃないのか?」

「いや、まあ……」


 厳密に言えば彼女である。

 手も繋いだことはないけれど。


「彼女、って言えば、彼女かな……」


 そう答えると両親はいっそう色めき立つ。

 色恋沙汰皆無だった僕がいきなりこんなこと言うものだから喜びもひとしおなのかもされない。



 風合瀬さんがやってくる土曜日。

 朝から我が家はソワソワとした空気だった。

 母さんは普段より念入りに化粧を施し、父さんは滅多に着ないラルフローレンのポロシャツに袖を通して料理の下ごしらえに余念がない。


 風合瀬さんが来る前に宅配便が来たから家族全員が玄関に駆けていき、配達の人を驚かせたりした。


「風合瀬さんが来ても変なこととか言わないでよ。あと覗きにとかもやめてよね」

「分かってるわよ」

「息子の足を引っ張るようなことするわけないだろ」


 一応釘を刺したが、ニヤニヤしているので信用ならない。

 そして約束の十時半。

 チャイムが鳴ると予想通り両親は僕と共に玄関に走った。

 やはり全然忠告を守っていない……


 仕方ないのでドアを開けると、いきなり家族総出でお出迎えの事態に風合瀬さんは目を丸くしていた。


「やあ、いらっしゃい、風合瀬さん」

「お、お邪魔します……」


 風合瀬さんは戸惑いながらも笑顔を作ってお辞儀する。

 振り返ると両親は硬直していた。


「う、嘘だろ……奏介の彼女なのか……」

「め、めちゃくちゃ可愛いじゃないの!」


 母さんは僕の肩を思い切りペチンと叩いた。


「い、いえ、そんなことは……」

「こんな可愛いお嬢さんとどうやって付き合ったんだ!? まさかなにか秘密を握って無理やりに!?」

「そんなわけないだろ! ていうか父親の言うセリフか、それ!」


 風合瀬さんの美少女ぶりに、両親はパニック状態だった。

 それを見て風合瀬さんはおかしそうに笑っていた。


「奏介みたいな平々凡々な子とどうして付き合っているの?」

「古林くんは平々凡々なんかじゃありません。とても素敵な方です」


 まさか喧嘩に負けて付き合っているとも言えないから風合瀬さんはフォローしてくれていた。


「でも風合瀬さん、すごい美人だしモテるでしょ? もっとイケメンと付き合ってそうなのに」


 母さんは歯に衣着せず、ずかずかと質問する。


「古林くんは優しそうで素敵な顔立ちだと思います」

「も、もういいだろ。ほら、僕の部屋に行こう」


 両親の質問責めが終わらなさそうなのでさっさと自室に逃げ込む。


「ごめんね。僕が女の子を連れてくるなんてはじめてだから浮かれちゃって」

「女の子ぉ?」


 風合瀬さんは不服そうな顔をして僕を覗き込むように見てくる。


「女の子って説明したのかな?」

「か、彼女、です。ごめん流れ的に、つい」

「ううん。嬉しかったよ」


 風合瀬さんがニコッと笑ってクッションに座る。

 やばっ……脳がくらっとするほど可愛い……


「優しそうなお父さんに明るいお母さん。素敵な家族だね」

「そう? お母さんが失礼な質問とかしてごめんね」

「なんで謝るのよ。まああんまり可愛いって言われ過ぎてちょっと恐縮しちゃったけど」


 風合瀬さんと向き合うように座ろうとしたけど、彼女がスカートだったのでやや斜めに座る。

 それほど短いスカートじゃないけれど真正面だと、ちょっとパンツが見えてしまいそうな気がした。


「そりゃ冴えない息子がこんな綺麗な彼女連れてきたら親も焦るよ」


 そう言って笑ったけど、風合瀬さんは笑わなかった。


「自分で言うのもおこがましいけど、私って小さい頃から可愛いとか結構褒められて育ったの。はじめは嬉しかったけど、そのうち特になにも感じなくなってきてさ」


 風合瀬さんは力なく笑う。


「だから男子の顔がかっこいいとかそういうのもあんまり興味がないの。そんなの表面的な問題で大した話じゃないでしょ。あ、古林くんがカッコよくないとかそういう話じゃないからね」

「なるほど。だからイケメンから告白されても喜ばないんだね」

「うん。それよりその人の内面の方が大切だよね」


 風合瀬さんは照れくさそうに歯を見せて笑う。

 見た目じゃない。その言葉に共感したばかりだけど、風合瀬さんがあまりにも可愛すぎて心臓がドキドキしてしまった。


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