第33話 二人の放課後レッスン

 風合瀬さんはイレナさんに勝つために、僕はおじいちゃんに勝つために。

 二人での稽古は続いていた。

 本当は道場でしたいけれど、あそこは突然玲衣が来たりするのでややこしい。

 仕方なく僕らは人気のない神社の裏や空き地などを見つけて稽古をしていた。


「イレナさんは牽制しながら隙を窺ってくるから気をつけて」

「うんっ」


 イレナさんの動きを真似ながら攻めると風合瀬さんは上手にさばく。

 飲み込みが早いので成長も著しかった。


「ちょっと休憩しようか」

「私はまだ大丈夫」

「僕が疲れたんだよ」


 手頃な岩の上に腰かけると、風合瀬さんは水筒から麦茶を注いで僕にくれる。


「ありがとう」


 運動のあとの水分補給は染み渡るようで心地いい。


「それにしても古林くんの従妹とイレナが戦うなんてね」

「笑い事じゃないから。本当に大変だったんだよ」


 先日の一件はイレナさんから聞いたらしい。

 いったいどこまで聞いたのか気になる。

 キスの件やイレナさんが結婚する気があるってところまで聞いたのだろうか?

 まあさすがのイレナさんもその辺りは話してないだろう。


「ねえ古林くん」

「なに?」

「もし玲衣ちゃんがキスしなかったらイレナにキスしてた?」

「ぶふぉっ!?」


 麦茶が気管に入って盛大に噎せる。


「そ、そんなことまで聞いたの?」

「そうだよ。あの子は隠し事とかしないもん。古林くんとは違って」


 言わなかったことを恨んでいるのか、じとっと睨まれる。


「キ、キスなんてするわけないだろ」

「なんで? イレナ可愛いじゃん」

「可愛いからってキスしないから。好きでもない人とはしないでしょ、ふつう」

「ふぅん……」


 妙な無言の間が出来る。


「ま、そうだよね。古林くんって私の彼氏になって2ヶ月くらいだけど、キスはおろか手も繋いでこないもんね」

「いや、それは」

「好きでもない人とはそういうことしないんだもんね」


 やけに刺々しい口調で言われる。

 いや、出来るものなら風合瀬さんにキスしたい。

 けれど風合瀬さんの気持ちが分からないとするわけにはいかなかった。

 いや、でもこれって、キスしてもいいよ、って合図なのかも!?

 いや、そんな自分に都合よく解釈するなんてダメだ。

 変なことをして嫌われるのだけは避けたい。


「そ、そういうことってお互いの気持ちがひとつになってはじめてするものじゃないかな?」

「古林くんらしいね。ま、そういうところ、好きだよ」


 風合瀬さんは呆れた顔して笑った。

 でもその顔はどこかホッとしてるようにも見える。

 流れ的にキスをしそうになったけど、思い止まってよかった……


「そういえばあの約束、そろそろ果たして欲しいんだけど」

「あの約束?」


 なにか約束なんかしただろうか?

 首をかしげると風合瀬さんは「はぁ」と大きくため息をついた。


「古林くんの昔の写真を見せてくれるって約束。うちに来たとき話したでしょ」

「あー、そうだった」


 先日風合瀬さんの家にお邪魔した際、昔の写真や卒業アルバムを見せてもらった。

 今度は僕のを見せると約束したのを思い出した。


「そうだった、じゃないよ、ほんとに。私との約束なんてどうでもいいことだから忘れたんでしょ?」

「そんなことないって」

「じゃあ週末ね。今週末古林くん家に行くから」

「うちに来るの?」

「当たり前でしょ。私の家にも来たんだし」


 確か今週末は親もいるはずだ。

 ちょっとややこしいけれど、断るとまた機嫌を損ねてしまうかもしれない。


「親がいるけどいい?」

「ご迷惑じゃなかったら」

「迷惑なんかじゃないよ。じゃあ言っておくね」


 女の子を連れてくるなんて言ったら大騒ぎになりそうだ。


 帰り道、僕は権田先輩のことを思い出し、風合瀬さんに話す。

 今でも僕の代わりに戦っていることや一人で二人を倒していたこと、怪我をしたらマネージャーが手当てをしていたこと。


「あ、そのマネージャーさん知ってるかも。確か奥村さんって言うちょっとギャルっぽい人だよね?」

「そうそう。偏見かもしれないけど、柔道部のマネージャーって感じではなかった。爪とか長かったし」


 あのデコった爪では柔道着の洗濯なんて出来なさそうに思えた。


「あの人、権田さんの幼馴染みだったらしいよ。といっても大して仲良しではなかったそうだけど。高校に入って奥村さんはだんだん派手になって、それに比例するように学校を休みがちになったんだって」


 それは別に珍しいことじゃない。

 高校生になれば自由になって色んなことをし始める人がいる。

 でも奥村さんの場合、あまり交遊関係がよくなかったようで、どんどん悪い方へと進んでいってしまったらしい。


 ある日奥村さんの友達が、権田先輩に相談をしたそうだ。

 二人が幼馴染みと知って、助けを求めたらしい。


 奥村さんはヤバイ奴らとかなり親密になり、このままじゃ高校も中退してしまいそうだ。

 涙ながらに訴える友達の話を聞き、権田先輩は一人で奥村さんを助けに行った。


「別に奥村さんと仲良かった訳じゃないんだよね?」

「そう。しかも奥村さん本人から頼まれたわけでもない。いかにもあの人っぽいでしょ」


 風合瀬さんはちょっと苦笑いを浮かべていたけど、僕は権田先輩がとても尊い人に感じていた。


「半グレみたいな人たちをボコボコにして、もちろん自分もボコボコにされ、なんとか奥村さんを連れ戻したらしいよ」

「へぇ」


 ダイジェストで聞いたらあっさりした話だけど、きっとそこには色んなことがあったのだろう。


「それで感謝した奥村さんが柔道部のマネージャーになったんだ?」

「ううん。奥村さん本人は全然感謝なんてしてないよ。感謝したのは奥村さんのご両親。で、ご両親が先生と相談して半ば強制的に柔道部のマネージャーになったんだって」

「なるほどね」


 確かに奥村さんは柔道部のマネージャーなんて嫌でしょうがないという感じだった。

 そんな背景があったと知れば、奥村さんがマネージャーなのも、やる気がなさそうなのも理解できた。



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 放課後に研鑽を積む二人。

 ちょっと変わってるけど、これもデートみたいなもんなんでょうか?


 権田先輩と奥村さんはなにやらややこしそうな関係。

 少なくとも互いに思いを寄せているわけではなさそうですね!


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