第32話 古林流の極意!

 なぜこうなったのだろう?

 僕とイレナさん、そして玲衣は古林流の道場に来ていた。

 なぜか二人が対決するという流れである。


「お兄様、任せてください。私がイレナさんを倒して婚約を破棄させてやりますから」

「だからそういう問題じゃないんだってば。そもそもイレナさんだって僕と結婚なんてしたくないんだよ」


 玲衣は勘違いをしている。

 僕と同じようにイレナさんも望まぬ相手との結婚に困っている被害者なのだ。


「そんなことないよ。私は古林くんと結婚してもいいって思ってる」

「へ? だ、だってこの前」

「考えが変わったの。古林くんに負けて、すごく悔しかった。でも悔しいだけじゃなくてなんかモヤモヤして……たぶんこれが恋なんだと思う」

「いや絶対違うと思うよ!?」


 発想が脳筋過ぎる。さすが親友、風合瀬さんと通じるものがありそうだ。


「絶対そうだもん。だから私は古林くんと結婚する」

「いきなりすぎるって!」

「いいじゃない。どうせ私たちは結婚することを運命付けられた仲なんだから」

「ダメダメダメっ! 絶対そんなの許しません!」


 困っている僕を救うため、玲衣が割って入ってきてくれた。

 なんて優しい従妹なんだ。

 僕は玲衣のことを勘違いしていたのかもしれない。


「じゃあ賭けをしてみない?」


 イレナさんは手首足首を解しながらにっこり笑う。


「賭け?」

「ええ。勝った方が古林くんからキスをしてもらうの」

「キ、キスっ!?」


 僕らは声を揃えて驚く。


「あら? そんなに驚くこと?」

「ま、待ってよ。そんな賭けは──」

「わかりました。そこまで言うなら仕方ないです。その賭けに乗ります」

「ちょ、玲衣っ! そこまで言ってはいないと思うけど!?」


 玲衣は顔を真っ赤にして不機嫌そうな顔をしていた。


「私は兄様にキスなんてされたくないですけど、成り行き上、仕方ないです」

「へぇ。そういうノリなんだ?」


 イレナさんはからかうように玲衣を見る。

 なんだかとんでもないことになってしまった。

 もちろんどちらが勝ってもキスなんてしたくない。

 ダブルノックアウトを期待するばかりである。



 ルールはどちらかが降参するかレフリーである僕がストップさせるかと決まった。


「試合開始っ!」


 僕の合図で二人は構える。

 ボクシングスタイルで拳を構えるイレナさんと腰を低く落として構える玲衣。

 近付いては離れてを繰り返し、互いに得意の間合いを奪い合っていた。

 まだ一撃も繰り出してないのに空気が張り詰めている。

 ちなみに二人とも制服姿なので妙にシュールな光景だ。


「なるほど。確かに古林くんに似たスタイルね」

「当たり前です。私と奏介兄様は就学前から共に修行した仲なんですから」

「知ってた? 幼い頃から兄妹のように育った人同士って恋愛感情が起きないようになるんだって」

「わ、私とお兄様は」

「隙あり!」


 イレナさんのローキックが玲衣の太ももに入る。


「くっ……」


 玲衣の体勢が崩れたところにイレナさんのエルボーが襲いかかった。

 玲衣は両腕でガードしながらバックしたが、それこそがイレナさんの狙いだった。


「きゃあっ!?」


 イレナさんは玲衣の足を引っかけて倒す。


「あらあら。大好きなお兄様にパンツ見られちゃうわよ」

「ッッ!」


 反射的にスカートを抑える玲衣。

 その隙にイレナさんは玲衣の左脚を掴み、レッグロックをきめた。


「ああっー!」

「そこまで!」


 慌てて間に入ってブレイクさせる。

 あのまま決まっていたらアキレス腱が切れてしまいかねない。


「ひ、卑怯者! 今のはなしです!」

「なに言ってるの? 卑怯も汚いもないわ。戦いは勝つことが大切なの。それとも古林流っていうのは負けてから難癖つけるものなの?」


 イレナさんに嘲笑われ、玲衣はきゅっと唇を噛む。

 悔しいだろうが、今のは玲衣の完敗だった。


「私の勝ちね。さあ古林くん。約束どおり……」


 イレナさんはそっと目を閉じ、唇を軽く尖らせる。


「いやそれは勝手にイレナさんが決めたことで……」


 ずいっとイレナさんが顔を近付けてくる。

 ってかまつ毛長いな……


「えいっ!」


 ちゅっ……


「え?」


 なんと玲衣がイレナさんにキスをする。

 それも唇と唇……


「きゃああ!! なんで玲衣ちゃんがキスするのよ!?」

「私も古林です。間違いではありません」

「そんなの卑怯よ!」


 その言葉を待っていたと玲衣がにやりと笑う。

 イレナさんも先ほどの自分の発言を思い出して悔しそうに顔を歪めた。


「試合に負けても勝負で勝つ。これが古林流幽幻闘技よ」

「覚えてなさいよ!」


 イレナさんは半泣きで逃げ帰っていく。

 こんなの古林流幽幻闘技ではない。

 明日しっかり説明しておかないと……


「奏介兄様」


 玲衣は不服そうな顔で俺を見る。

 途中でレフリーストップしたことを怒っているのだろう。


「悪いな、玲衣。でもあそこで止めなかったら危なかったから」

「心配してくださったんですね」

「当たり前だろ」

「ありがとうございます……」


 怒るのかと思いきや、妙にしおらしい。


「イレナさんの言っていたことなんて、嘘ですよね」


 きっと僕に恋してるとか結婚するって発言のことを言ってるのだろう。


「あんなの嘘に決まってるだろ。騙されるな」

「そ、そうですよね! 幼い頃から一緒だって、人を思う気持ちというのは……」

「ん? なんだ?」

「なんでもありません」


 玲衣はなんだか嬉しそうな顔をしている。

 玲衣の笑顔は貴重だ。

 笑っていれば可愛いのに、もったいないやつだ。



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 まさかの禁じ手で玲衣の逆転勝利?

 だんだん収拾がつかない展開にはまりつつあるけど、古林くんに幸せな結末は待っているのでしょうか?

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