第31話 奥村マネージャー

「大丈夫ですか? 一緒に保健室に行きましょう」

「それは出来ない。騒ぎになるからな」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ」

「こういうときは部室で手当てしてるんだ。悪いが連れていってくれ」


 言われた通り部室に行くと、目付きの悪いヤンキー女がいた。

 一瞬間違ったのかと見直したが、ここが柔道部の部室で間違いなかった。


「悪い、奥村。また怪我しちまった」

「はあ? バカなんじゃねぇの、権田」


 奥村と呼ばれた彼女は怒りながら立ち上がり、椅子を蹴飛ばしながら救急箱を手に取った。

 どうやら彼女が柔道部のマネージャーらしい。


「今度は誰と喧嘩したんだよ」

「転んだだけだ」

「っざけんな。どうやって転んだらこんな怪我すんだよ」


 イライラしながらも奥村さんはしっかりと手当てしていく。

 でもわざとちょっと手荒にしているので、時おり権田先輩が悲鳴を上げていた。


 着崩した制服に濃いメイク、痩せた身体に金に近い髪色。

 失礼ながら柔道部のマネージャーにはまったく見えなかった。


「あんたが古林?」


 奥村さんは視線を巻いている包帯に向けたまま訊いてきた。


「あ、はい」

「なんかチョー弱そうだけど本当に権田より強いの?」

「いえ、僕が勝ったのは偶然で……」

「だろうね」


 奥村さんがギュッと包帯を引っ張るので権田先輩がまた悲鳴を上げた。


「コイツ馬鹿だから諦めないよ。だからさっさと再戦してわざと負けてやってよ」

「おい、奥村。余計なこと言うな」

「うるせぇよ。怪我人」

「ぎゃあっ!」


 テーピングの上から傷口をぺちんっと叩かれ、権田さんほのたうち回る。


「風合瀬だっけ? その子と付き合うまでやめないから、コイツ。覚悟した方がいいよ」

「すいません。僕も負けるわけにはいかないんで」


 適当なことは言えず、奥村さんの目を見て答える。


「あっそ。どうでもいいけど手当てする身にもなってよね」


 治療を終えた奥村さんは鞄を鞄を取ってドアに向かう。


「奥村、部活は」

「は? んなもんカンケーねぇし。適当に言っといて」


 奥村さんは振り返らず部室を出ていってしまった。


「治療、ありがとな」


 権田さんの礼に奥村さんは背中を向けたままうるさそうに手を振って応えていた。




 教室に戻ると既にクラスは誰もいなかった。

 ゴミを捨てに行ってる間にホームルームも終わってしまったようだ。


「ホームルームサボるなんて悪いんだ、古林くん」


 振り返ると鞄を持ったイレナさんが笑って立っていた。


「ちょっと色々あって」

「一緒に帰ろ」


 イレナさんは僕の鞄を持って行ってしまう。


「あ、ちょっと」

「食べたいスイーツがあるの。一緒に行こ」

「風合瀬さんと行けば?」

「奈月は用事あるって先に帰った」

「僕じゃなくても他に──」

「ねぇ?」


 イレナさんは不服そうに頬を膨らませて僕の目の前に顔を近付けてくる。

 長いまつ毛、艶やかな唇、フワッと香る甘い匂い。

 鼻の頭がくっつきそうな距離に思わず怯む。


「私と帰るの、嫌なの?」

「そ、そんなことないけど」

「じゃあいいでしょ。ぐだぐだ言わずについてきて」

「う、うん……」


 イレナさんに連れていかれたのはチュロスの店だった。

 僕はチョコレート、イレナさんはシナモンを購入して食べながら歩く。


「んー! おいし!」

「ほんとだ。美味しい」

「でしょー?」

「風合瀬さんともよく来るの?」


 そう訊ねると急に不機嫌な顔になる。


「フツー女の子とデートしてるときに他の女の子の話する?」

「え? これってデートなの?」


 驚いて確認するとイレナさんはますます不機嫌そうな顔をした。


「逆に訊くけどデートじゃないとしたらなんだと思ったの?」

「それは、えーっと……」


 放課後に二人でスイーツを食べに来る。

 言われてみればデート以外のなにものでもない。

 仮にも風合瀬さんの彼氏でありながら他の女子とデートするなんてあるまじき行為だ。


 今からでも帰らなきゃと焦っていると──


「奏介兄様?」

「れ、玲衣っ」


 学校帰りの玲衣と遭遇してしまった。

 そういえば玲衣の学校はこの辺りだった。


「学校帰りに買い食いをするのはよくないですね」


 いつも通り淡々と正論を並べる玲衣だったが、僕の隣にイレナさんがいるのに気付き、すうっと目を細めた。


「……誰ですか、その方」

「こ、この人はイレナさんといって同じクラスの──」

「古林くんのフィアンセでーす」


 イレナさんは僕の腕にしがみついてニコッと微笑む。

 玲衣は口の端と眉をヒクヒクさせていた。


「あなたが許嫁ですか。離れてください。奏介兄様が困ってます」

「なんで? フィアンセなんだからいいでしょ。っていうか、あなたこそ誰?」

「私は古林玲衣。兄様の従妹です」

「へー。その制服、凛花女学院だよね。お嬢様なんだ?」


 イレナさんは品定めするような目で玲衣を見る。

 二人の間で冷たい火花が散っていた。

 オンナノコ、怖い……



 ────────────────────



 ヤンキーマネージャー奥村さんの登場とイレナ、玲衣のエンカウント。

 盛りだくさんな展開となってきました!

 振り回される古林くんは大変そうですね!

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