第30話 男の友情

 ~従妹の玲衣ちゃんside~


 奏介兄様との組み手を終え、家に帰ってきてもまだ胸はドキドキしていた。


 運動量が多かったからと自分に言い聞かせていたが、もはや限界だ。

 お風呂に入って寝る前のストレッチをしていても胸の動悸が収まらないのだから。


『絶対に私の方が強い』っていう女の子。

 そんなことを奏介兄様に言う女の子なんてこの世の中に私しかいないはずだ。


 つまりあれは遠回しのプロポーズ?


 そう考えた瞬間、ブワッと全身から汗が噴き出す。


「い、いやいやいや……ダメ」


 あの程度で舞い上がったらちょろい女子だ。

 ちゃんと直接好きだと言わるまではデレちゃダメだと自らを諫める。


 そもそも私が奏介兄様に恋をしたのは小学一年生の頃だ。

 はじめて親と離れて学校に行くのが不安で泣いてしまった私の手を取り、一緒に登校してくれたのがお兄様だ。

 その手の頼もしさ、温かさに胸が高鳴ってしまった。

 自分の鼓動が繋いだ手からバレないかと新しい不安が生まれてしまったことは今でも鮮明に覚えている。


 夏休みの宿題が終わらなかったときも、クラスの男子にからかわれて泣いたときも、お化けが怖くて夜道を歩けなかったときも、いつも奏介兄様は優しく助けてくれた。


 だから道場の稽古は本当に楽しみだった。

 辛い修行も兄様と一緒だから耐えられた。

 稽古のあとのシャワーは私が五年生になるまで一緒に入った。


 さすがに私が三年生になる頃から兄様はずらして入ろうとしていたが、うっかり間違った振りをして浴室に突入したのだ。

 さすがに毎回間違うのは不自然かと思ったけれど。

 道場の浴室に鍵がなかったのは本当に助かった。


 とはいえ奏介兄様はいつまで経っても私のことを女の子として見てはくれなかった。

 さすがにちょっと腹が立って、中学生くらいからは冷たく当たったりもした。

 けれど兄様はそれでも大きな優しさで包んでくれる。

 それで余計に好きになってしまった。

 小学三年生のときに従兄妹は結婚できると知ったときは歓喜したものだ。


「お兄様……」


 ほふっと吐息が漏れる。

 許嫁がいると聞いたときは心臓が押しつぶれそうになったけど、ひそかに私に思いを寄せてると知ったときは天にも昇る気持ちだった。


 必ず師匠に勝ってもらい、そして私とお兄様は……


 想像しただけでドキドキが止まらなかった。

 お兄様をどこの誰かも分からないアバズレ女には絶対に譲れない。

 そう決意していつもより念入りにストレッチをこなしていった。




 ~古林くんside~



 掃除で集まったゴミをごみ捨て場に持っていくと、争う声が聞こえてきた。

 ソッと隠れながら様子を窺うと──


「ウゼぇんだよ、権田」


 ラグビー部のガラの悪い二人組に権田先輩が絡まれていた。


「なんで古林と勝負すんのにテメェの許可がいるんだよ」

「俺がそう決めたからだ」

「だからなんで勝手に決めてんだって聞いてんだよ」


 二人はぐいぐいと権田先輩に接近して睨み付ける。

 しかし権田先輩は全く動じず二人を睨み返していた。


 どうやらこれは風合瀬さんと付き合うための挑戦権を得ようとしているところのようだ。

 権田先輩が僕の代わりに戦ってくれていると聞いていたが、実際に見るのははじめてだった。


「取り敢えず権田、テメェは二人でボコすから」

「かかってこい」


 ラグビー部の二人はニチャアっと笑って権田先輩に詰め寄る。


「ちょっと待ってください。一対二とか卑怯ですよ」


 慌てて飛び出す。


「古林じゃん」

「ついでにヤッてやるからそこで待っとけ」

「きちんと一対一で戦ってください」

「いいんだ、古林」


 権田先輩が僕を止める。


「こいつらごとき、二人まとめて倒してやる」

「だったら僕も加勢します。ニ対ニなら文句ありません」

「俺たちも構わねぇぞ。いっぺんに二人とも倒して風合瀬と付き合うから」


 ラグビー部二人組は下品に笑う。

 風合瀬さんには指一本触れさせない。

 奥歯をギリッと食い縛る。


「古林、下がってろ。俺一人でやらせてもらうぞ」

「でも」

「俺に恥をかかせるな!」

「は、はいっ」


 すごい迫力で凄まれ、思わず頷いてしまった。



 いくら柔道部のエースとはいえ、ヤンキー二人相手に簡単に勝てるわけがない。

 権田さんは殴られ、蹴られ、羽交い締めにされ、それでも相手を投げ飛ばしていた。


 もちろん何度も助太刀に入ろうとした。

 しかしその度、「手を出したら殺すぞ」と権田先輩に言われた。


 ボロボロになりながら権田先輩が二人を倒したのは喧嘩が始まって二十分後だった。


「大丈夫ですか?」


 倒れそうな権田先輩を抱き止める。


「余裕だ。こんな奴ら、何人束になっても勝てる」


 あと一人多かったら絶対負けていたでしょ、とは言えなかった。


「すいません、先輩。俺のせいで」

「馬鹿野郎。お前のためじゃねぇ。風合瀬のためだ。彼氏が喧嘩ばっかだったら風合瀬が可哀想だろ」


 たぶん笑っているんだろうけど顔がボコボコでよく分からなかった。


「それに俺は必ずお前を倒す。そして俺が彼氏になるんだ」

「じゃあそのときは今度は僕が先輩の代わりに戦いますから」

「おう、頼むわ」


 先輩は大きく笑ったが、顔の傷が痛んだらしく顔をしかめる。


「でも負けません。僕は絶対に負けません。風合瀬さんの彼氏の座は渡しません」

「舐めるな。絶対倒してやるからな」



 ────────────────────



 クーデレちゃんはさておき、権田先輩との熱い男の友情が芽生えてよかったね!

 期待していたのとは違うけど、古林くんの高校生活もだんだん熱いものになってきました!


 次回は初登場キャラが出ます!

 お楽しみに!

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