第29話 玲衣の特訓
「逃げるって。おじいちゃんがいないから帰るだけだよ」
「おじいちゃんじゃなくて師匠。道場内ではそう呼ぶ決まりです」
怜衣は僕と違い、おじいちゃんを尊敬し、古林流幽幻闘技を愛しており、そして──
「なんで私じゃなくて奏介兄様が継承者なのか納得がいきません」
継承者に選ばれていないことを恨んでいた。
「そんなこと僕に言われても知らないよ。決めたのはおじい──師匠なんだし」
「そもそも奏介兄様は昔から師匠に愛され過ぎなんです。いつも最初に稽古をつけてもらってましたし、新しい技も兄様から教わりました。絶対に私の方が強いのに不公平です」
ぶっちゃけ僕は玲衣が苦手だ。
やたら武術に熱いし、性格も真面目すぎて融通が効かない。
嫌いではないのだけれど、付き合いづらい人である。
「それはまあ……」
普通に考えれば僕が男で年上だからだと思うのだが、それを言うと怒りだす。
今どき男女差別は時代遅れだとか、年上といっても一歳差だとか言って絡んでくる。
そもそも贔屓しているのはおじいちゃんであって、僕に言われても困る。
「それに奏介お兄様が跡継ぎになったら古林流幽幻闘技の将来が不安です。強い世継ぎを作らねばならないんですよ。そ、その……よっぽど強くてしっかりものの、お、おおお嫁さんをもらわなくてはなりません」
「そう! それなんだよ! それで困ってるんだ」
今まさに悩んでいることを言われ驚いた。
さすがは従妹だ。
今どきそんな理由で結婚相手を選ぶなんて馬鹿げている。
小憎たらしくても僕の気持ちは分かってくれている。
嬉しくて思わず玲衣の手を握ってしまった。
「えっ、ちょ、ちょっとお兄様っ……いきなりそんなっ……私にだって心の準備というものが……」
「だろ。いきなり許嫁と結婚しろなんて言われても困るよね」
「こ、子どもは四人は欲しいです……って許嫁?」
「そう。おじいちゃんがいきなり僕に許嫁がいるって言ってきてさ。困ってるんだよ。令和の時代に突然勝手に結婚相手を決められるって」
「けっけけけけ結婚相手って……」
玲衣はいつも涼しげな奥二重の目を大きく見開き絶句している。
「ひどい話だろ」
「お兄様のえっち! ふ、不潔です!」
「なんで僕が怒られるわけ!?」
いきなりの展開に驚く。
「だって今ニヤニヤしてました! 子どもも四人欲しいだなんて!」
「してないし、言ってない!」
玲衣は涙目で僕を睨む。
濡れ衣もいいところだ。
「どうせその許嫁さんが可愛くてデレデレしてるんじゃないですか?」
イレナは確かに可愛い。
でも見た目が可愛いからといって喜んで結婚するはずがない。
結婚とはもっと大切なものだ。
「ほら黙った。 図星ですね、 最低です」
「違うって。結婚したくないから困ってるんだよ」
「じゃあ断ればいいじゃないですか」
「嫌ですって断って、おじいちゃんが許してくれると思うか?」
そう言うと玲衣も「確かに」と呟き、顎に手を当てて考え込む顔になる。
憎まれ口ばかりだけど本気で悩んでいると一緒に考えてくれる。
玲衣も基本的には優しくていい奴だ。
「このままじゃ本当に結婚させられかねない」
「お兄様はその方と結婚したくないんですよね」
「そりゃそうだよ」
「なんでですか? ほ、ほかに好きな方がいる、とか?」
「えっ……」
従兄妹同士でそんな話をしたことがないので恥ずかしくなる。
玲衣も照れくさいのか顔が赤い。
「それはその……別に彼女とかじゃないけれど、気になる人は」
「ええー!? それも既にいるの!? ダメっ! そんなの認めません!」
「なんで玲衣が認めないんだよ」
「それは、その、アレです。弱い人と結婚したら子どもが弱くなるからです。古林流が弱くなるからダメなんです!」
さっきはそれを考え直す方向で話していたのに、言ってることがめちゃくちゃだ。
「それは大丈夫。その人は強いから」
「強いって言ってもお兄様より弱いんでしょ?」
「そうでもないよ。同じくらいじゃないかな? まあそんなこと言ったら怒られそうだけど。『絶対に私の方が強い』って」
そう答えるとなぜか玲衣は一気に顔をぼふっと赤くした。
「そ、そそれって……まさか」
「おじいちゃんに勝てば婚約は破棄してくれるらしいんだ。だから特訓しなきゃいけない」
「師匠に? 勝てるわけないじゃないですか」
「やる前から諦めるわけにはいかないだろ。絶対に勝たなきゃいけないんだ」
力を込めて言うと、玲衣は惚けた顔をした。
「はい。そうですね。お兄様の言う通りです。では私が特訓に付き合わせてもらいます」
「いいのか、玲衣?」
「もちろんです。やるなら強い相手をやらないと。絶対に私の方が奏介兄様より強いですから」
玲衣は憎まれ口叩いてニヤリと笑う。
特訓の手伝いをしてくれるのは本当にありがたい。
なんといっても玲衣は誰よりもおじいちゃんの拳術を受け継いでいる人だ。
おじいちゃんと戦うなら絶対に役立つ。
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なんでこう、ラブコメの主人公は勘違いされているのに気付かないものなんでしょう?
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意外とあなたも思いを寄せられていることに気付かずスルーしているかも!
さあ今すぐ卒業アルバムを引っ張り出してどの子か自分に気がある素振りをしてなかったか確認しましょう!
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