第28話 昔も今も、君はかわいい

 風合瀬さんの家に行き、インターフォンを押す。

 しばらくすると応答があった。


「こ、古林くん!? 本当に来たの!?」

「大丈夫? ずいぶんと辛そうだったから」

「ちょ、ちょっと待っててね」


 取り込み中だったのか、二分ほど経ってからドアが開いた。

 部屋着を着た彼女は髪が少し乱れていた。


「急に来てごめんね」

「う、ううん。別にいいけど」

「病院に付き添おうか?」

「もう平気だから」

「少し顔が赤いよ?」

「え? うそ……っ」


 風合瀬さんは手の甲を頬に当てて擦る。

 そんなことで頬の赤みが取れるわけないのに。

 失礼ながらなんだかバカっぽくて可愛い。


「熱は?」

「なかったよ」

「喉が痛かったり、頭が痛いとかは?」

「だからないってば」


 強がっている訳じゃなく、本当に元気そうだ。

 ホッと安心する。


「ならよかった。急に来てごめんね。それじゃ」


 帰ろうとするとくいっとシャツの袖を掴まれた。


「せっかく来たんだし……上がっていく?」

「えっ? い、いいの?」

「……うん」


 はじめて入る風合瀬さんの部屋はいかにも女の子の部屋といった感じだった。

 人形がならんで飾ってあったり、壁のコルクボードに写真がピンで打たれていたり、化粧品が整頓されて並べられてあったり。


「じろじろ見ないで。エッチなんだから」

「ごめん。つい」


 風合瀬さんはハッと思い立ったように窓を全開に開ける。


「か、換気しないと、だし……」

「え? あ、うん」

「匂いとかじゃないからね!」

「?」

「たっ、立ってないで座ったら?」

「ありがとう」


 渡されたクッションの上に腰を下ろす。

 本棚を見ると卒業アルバムらしきものを見つけた。


「見たいの?」


 僕の視線に気付いたらしく、風合瀬さんが問い掛けてくる。


「いいの?」

「まあ、いいけど。一応、彼氏なんだし」


 渋々といった顔をする割に、彼女は自らページをめくって自分のクラスを教えてくれた。


「かわいいっ……」


 セーラー服に身を包んだ風合瀬さんはいまよりも幾分幼くて、体つきもたよりなさげに細かった。


 風合瀬さんは顔を真っ赤に染め上げて訝しげに僕を睨んだ。


「古林くんってロリコン?」

「ち、違うって! 純粋な意味で可愛いって言っただけで」

「なんか今が可愛くないみたいだし」

「そんなことないって。今もかわいいよ」


 思わず心の声が漏れてしまうと、風合瀬さんは口をむにゅむにゅっとさせて目を伏せる。


 恥ずかしいならやめればいいのに、風合瀬さんはプライベート写真のアルバムまで持ってくる。


「へぇ。この頃はショートヘアだったんだ。それはそれで似合ってるね」

「そ、そう? ありがとう」


 ボーイッシュな格好も、お洒落してテーマパークに行った写真も、修学旅行の部屋でジャージを着た姿も、みんな可愛かった。


 でも照れながら写真を見せてくるいまの風合瀬さんが一番かわいい。


「あ、もうこんな時間」


 いつの間にか六時前になっていた。


「そろそろ帰らないと」

「うん」


 玄関に行き、靴を履く。

 なんだか帰るのが名残惜しくて仕方なかった。


「ねえ、今度古林くんの写真、見せてね」

「うん。分かった。でも僕の昔の写真なんてつまらないよ」

「そんなことない。絶対かわいいし」

「そうかな?」

「そうだよ」


 変な間が空く。

 恋人ならこの間を繋ぐようにキスをするのだろうか?


 考えただけで胸がドキドキしてきてしまった。


「じゃあ、また明日」

「うん。またね」


 結局手も握れずにドアを空けた。

 間もなく夏がくるという夕方は、まだ日が落ちていなくて眩しかった。


 ふわふわとした気分で歩いていたのもつかの間。

 いま自分が置かれている状況を思い出して気持ちが沈んだ。


 おじいちゃんを倒さなければ、僕はイレナさんと結婚させられてしまう。


 僕ごときがイレナさんを拒むのはおこがましいことは十分承知している。

 けれどイレナさんと結婚するということはつまり、風合瀬さんを諦めなければいけないということだ。

 それは、嫌だ。


 絶対おじいちゃんに勝たなくてはいけない。

 改めて心の緩みをギュッと引き締め直す。

 そのためにはなんといっても修行が大切だ。

 僕の足は自然と道場の方に向いていた。


 おじいちゃんが指導している道場は基本あまり使用していない。

 古林流幽幻闘技は弟子を取っていないからだ。

 身内が鍛練するためだけに存在している。


 おじいちゃんに勝つためにはおじいちゃんに稽古をつけてもらう。

 それが一番だという結論に至った。


 おじいちゃんのもとで特訓すればこちらの手の内がバレるが、それは向こうも同じである。

 それにおじいちゃんほどの腕前の人はいない。

 強い人に稽古をつけてもらうのならば、やはりおじいちゃんが一番だ。


 シーンと静まった道場に正座をする人影があった。


(うわっ、ヤバ)


 明らかにおじいちゃんの後ろ姿ではない。

 あの長い髪、威圧感のあるオーラ、ぴんっと張った背中。


 間違いない。

 従妹の怜衣れいだ。


 関わるとろくなことがないので、そろーっと足音を立てずに回れ右をした。


「どこに行くんですか、奏介兄様」


 振り返りもせず、怜衣が僕を呼び止める。

 相変わらず気配だけで誰なのか読み取れるようだ。


「や、やあ、怜衣。おじいちゃんを探してて」

「師匠なら視察の旅に行かれました」


 怜衣はすうーっと浮かぶように立ち上がって振り返る。


 意思の強そうな奥二重、キリッと引き締まった口許。今年から高校生というのに化粧っ気ひとつもないのが怜衣らしい。


「そっか。じゃあ出直すかな」

「そうやっていつもみたいに逃げるんですか?」


 落ち着いたトーンだが、確実に怒っている。表情も乏しいし、声色も変わらない。

 怜衣は相変わらずアンドロイドのような女の子だ。



 ────────────────────



 イチャイチャするのも束の間。

 またややこしそうな女の子の登場です。

 果たしてこの子は敵か味方か!?

 というかいいからさっさと修行しろ!

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