第26話 お弁当対決!

 翌朝、教室に入るとイレナさんと風合瀬さんが雑誌を見ながら雑談をしていた。


「あ、古林くんおはよー」

「おはよう。古林くん」

「お、おはよう……」


 よく分からないが、あのあと二人は仲直りしたらしい。

 女子の友情というものは理解しがたいものがある。


(まあ仲良しの二人がこれまで通り友達でいられるならよかった)


 僕の一件が原因で仲違いしたらどうしようと思っていたけれど、杞憂のようだった。


 昼休みになるとイレナさんがこそこそっと近付いてきた。


「はい、これ」

「なに?」


 机の下でこっそりなにかを渡される。


「お弁当だよ」


 内緒話みたいに耳許で囁かれ、ゾクッとしてしまう。


「なんで僕にお弁当を」

「それはもちろん未来の妻だもん。いまから体調に気遣わないと」

「えっ!? その話は──」


 言い終わる前にイレナさんはパーッと立ち去っていく。

 いったいなんの冗談のつもりだろうか?

 もしかして毒が仕込まれていて、体調を崩したところを攻められるんだろうか?


 ふと視線を感じて振り向くと、ムスーッとした風合瀬さんが僕を睨んでいた。


「あ、いや、これは」

「なによ。ニヘーってだらしない顔して!」

「してないから」

「ふんっ!」


 風合瀬さんは大股でノシノシと去っていく。

 あれはかなりご機嫌斜めの様子だ。



 ──

 ────



「あれ? 今日はお弁当なの?」

「いや、まあ。うん」


 伊坂くんは僕のお弁当を見て、ニコッと笑った。


「分かった! 風合瀬さんが作ってくれたんでしょ?」

「え? なんで」

「だって包んでる布が妙に可愛らしいし、それに古林くんが恥ずかしそうにしているから」

「いや、これは──」


 伊坂くんは口が固いだろうから昨日のことを話す。

 もちろん僕が古武道の伝承者であることや、イレナさんも暗殺武術の伝承者であることは伏せたけど。


 でも一応イレナさんがフィアンセであることや、対決を挑まれて戦ったことは伝えた。

 当然ながら伊坂くんは目を丸くして驚いた。


「驚くでしょ。あのイレナさんが実は喧嘩が強かったなんて」

「いや、それも驚いたけど、一番ビックリしたのはそこじゃなくて」


 伊坂くんはお弁当を指差して「これなんだけど」と言った。


「お弁当が? なんで?」

「これ、絶対愛妻弁当だよ」


 お弁当にはミニハンバーグ、ごぼうサラダ、卵焼きタケノコの煮物などが詰められていた。


「イレナさんも古林くんのことが好きになったんじゃないかな?」

「まさか。あり得ないって。毒でも入ってるんじゃない? 食べるのやめようかな」


 伊坂くんの話があまりに突飛すぎて笑ってしまう。しかし彼は悲しそうに首を振っていた。


「あれ? どうしたの?」

「それ、絶対イレナさんの前で言っちゃダメだよ。傷つくから」

「そ、そうかな?」

「古林くんを巡る風合瀬さんとイレナさんの戦いが始まったね」

「伊坂くんこそ考えすぎだってば」


 笑いながらハンバーグを一口食べる。

 冷凍食品ではなく、手作りの本格的なものだった。

 その他すべてのおかずが美味しく、僕は夢中で平らげていた。


「いいなぁ。喧嘩が強かったらあんな可愛い女の子にお弁当を作ってもらえるのか。僕も空手でも習おうかな」

「だから僕の場合はまぐれ勝ちなんだってば」


 もはや苦しい嘘となりつつあるけど、なんとかその設定を貫く。



 お昼休みの終わり。

 みんな慌ただしくしているタイミングを見計らってイレナさんにお礼を言う。


「ありがとう。美味しかったよ」

「本当? よかった。嫌いなものなかった?」

「全然。全部美味しかった。お弁当箱は洗って返すから」

「そんなの、いいのに」


 昨日のあの姿を見てしまったので、大人しくて優しそうなイレナさんを見てもどうしても身構えてしまう。

 けれどあれは幻覚だったのかというくらい、今日のイレナさんは穏やかだった。


『イレナさんも古林くんのことが好きになったんじゃないかな?』


 伊坂くんの言葉を思い出して、顔が赤くなる。

 そんなわけない。

 そう思いつつ、胸の動悸はなかなか収まってくれなかった。



 翌日。

 今度は風合瀬さんが僕にお弁当を作ってきてくれた。

 お弁当を見た伊坂くんは心配した顔で僕を見つめていた。


「いよいよ大変なことになってきたね」

「伊坂くんの考えすぎだから。気まぐれで作ってきただけだと思うよ」


 弁当箱を開けると、白と茶色の二色弁当が姿を現した。

 どうやら豚の生姜焼きを入れてくれたみたいだ。

 しかし汁が溢れてご飯の半分程度をシャバシャバにしてしまっている。


「……古林くん。分かっていると思うけど、風合瀬さんをからかったりしちゃ駄目だからね」

「わ、わかってるよ……」


 妙に濃い味つけの生姜焼きだった。

 しかも玉ねぎは完全に火が通ってなくシャリっとする。


 でも風合瀬さんが作ってくれたものだと思うと残すわけにもいかず、なんとか完食した。


 昼休みの終わり、風合瀬さんが小走りでこちらへ駆けてきた。


「古林くん、お弁当食べちゃった?」

「うん。美味しかったよ、ありがとう」

「絶対嘘! 玉ねぎとか生だったし、汁が溢れちゃってたし、もう最悪!」


 風合瀬さんは顔を両手で覆って凹んでいた。


「見た目はアレだったけど味は悪くなかったよ。濃い味つけとか好きだし」

「慰めはよして。絶対イレナのお弁当の方が美味しいし」


 味は確かにイレナさんの方が美味しかった。しかしどちらからお弁当をもらって嬉しかったかといえば間違いなく風合瀬さんの方だ。


「わざわざ僕のために作ってくれたんだろ? その気持ちが嬉しいんだよ」

「なっ……バッ……」


 風合瀬さんは言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にして駆けていった。



 ────────────────────



 風合瀬さんとイレナさんの激しい女子バトルが始まりましたね!

 内容で圧倒していたのにお弁当対決で敗北したイレナさん。

 この戦い、あまりにもイレナさんが不利すぎるのでは?


 ライバルキャラだけどちょっと不憫に思えてきてしまいます。


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