第25話 避けられない戦い

 ~ワンパン姫side~


 イレナが立ち去ってからちょっと気まずい空気が漂った。


「て、ていうか、イレナがフィアンセだって分かった瞬間、古林くん、ちょっと嬉しそうにニヤけてたよね?」

「はあ? 全然そんなことないよ!」

「うそつき。ちょっと嬉しそうだった!」


 本当はただ驚いていただけにしか見えなかった。

 けれど否定して欲しくて、ついそんな意地悪を言ってしまった。

 私ってそんなにウザい人間だったっけ、と呆れてしまう。


「嬉しいわけないだろ。驚いただけだって」

「あんな可愛いイレナと結婚できるんだよ? 普通喜ぶでしょ」

「別に見た目なんて関係ないよ」


 きっぱり否定する古林くんの瞳は迷いがなかった。


「ふぅん。そうなんだ」

「なんでにやけてるの?」

「べ、べつに。ニヤけてなんかないし」


 恥ずかしくてつい古林くんのお腹をパンチする。


「ぼふっ」

「わっ、ごめん!」


 軽く叩いたつもりだったのに、思いのほか強くなってしまったみたいだ。


「手加減してよ」

「ごめんなさい……」


 しゅんとしていたら古林くんは「そんなに凹まないでよ」と笑ってくれた。


「それにしても驚いた。イレナさんがフィアンセで、しかもあんなに強いなんて」

「私とどっちが強かった?」


 真剣に問い質すと、古林くんは真面目な顔で答えてくれる。


「そうだなぁ。速さはイレナさんの方が上かな。でも威力は風合瀬さんの方があると思う」

「イレナは本格的に教わってるし、やっぱり私じゃ勝てないかな」

「大丈夫。風合瀬さんは天性の勘があるから」

「それだけじゃ勝てないし」

「って、なんでイレナさんと戦おうとしてるわけ?」

「だって私と戦うためにうちの学校に入学したんでしょ。拒んだところでいつか決闘を申し込まれるよ」

「それはそうかもしれないけど」


 古林くんは困った顔をして首を捻る。

 私が親友と戦うことを憂いてるのだろう。

 相変わらず優しい人だ。


「大丈夫。別に嫌いで喧嘩するわけじゃないの。ボクサーが試合するようなものだから」


 真面目に答えたのに古林くんは笑い出す。


「な、何がおかしいのよ」

「いや。風合瀬さんらしいなって」

「どういう意味よ」

「強い人がいたら戦わずにはいられないんでしょ?」


 古林くんの言う通りだった。

 イレナが実は強かったと聞いて、騙されたとか思う気持ちはなかった。

 妙に高揚して戦ってみたいと思っていた。


「どうせ止めても戦うんでしょ?」

「うん」

「じゃあ僕が鍛えて上げる」

「ほんとに!? いいの?」

「もちろん。僕なんかでよければだけど」

「いいに決まってるじゃん!」


 嬉しくてつい古林くんの腕に抱きついてしまう。

 なんで嬉しかったのか、よく分からない。

 もしかしたらフィアンセのイレナではなく、自分に肩入れしてくれたことが嬉しかったのかもしれない。


「わっ!? ちょ、ちょっと。くっつき過ぎ」

「いいでしょ。嬉しいんだもん」

「い、いや、その……ぶつかってるから、おっ……ぱい」

「へ?」


 見るとおっぱいはむぎゅーっと潰れていた。


「ちょ、えっち!」

「風合瀬さんがしてきたんだろ!」

「だとしても普通口にだして言わないでしょ!」


 恥ずかしくなり、その場から逃げ出す。

 走っているからなのか、恥ずかしいからなのか、それとももっと別の理由なのか、私の心臓はバクバクいっていた。



 家の近所の公園を通りすぎた時──


「奈月」

「イレナっ……」


 ちょっと気まずそうな顔をしたイレナが立っていた。

 雰囲気から察するに決闘を挑みにきた感じではない。


「あの……さっきはごめん」

「え?」

「急に驚いたでしょ?」

「そ、そりゃまあ」

「奈月と戦いたくて同じ高校に入ったとか、引くよね?」


 イレナはいまにも泣き出しそうな顔をしていた。


「ううん。引かないよ。私だって自分より強い女子がいたら一度手合わせしたいって思うもん」

「怒ってない?」

「怒るわけないよ。友達でしょ」


 そう伝えるとイレナは驚いた表情に変わる。


「まだ私を友達だって言ってくれるの!?」

「怒るよ。当たり前でしょ。あれくらいで終わる友情だと思ってたわけ?」

「奈月っ!」

「わっ?」


 イレナはガバッと抱きついてくる。

 先ほどの迫力は微塵もなく、いつも通りの可愛いイレナだった。

 ……確かに抱きつかれるとおっぱいの柔らかさって気になるものだ。


「よしよし」

「なんで頭を撫でるのよ」

「なんとなく」

「子どもじゃないもん」


 イレナはわざと子どもっぽく頬を膨らませる。

 確かにイレナは私と戦いたくて同じ高校に入ったのかもしれない。

 でもこれまで築いてきた友情は決してニセモノじゃない。

 それはこの笑顔や伝わる体温で確信していた。


「私も奈月の気持ちが分かったかも」

「なんのこと?」

「生まれて始めて同じ世代の男子に負けたの。すごく悔しいし、次は絶対勝つって思ってるんだけど……でもその反面すごく古林くんに……」

「んん!?」

「なんていうか、私も古林くんのこと、好きになっちゃったっぽい」


 イレナは頬を染めて目を伏せる。


「やっぱり! なんとなくそうじゃないかって疑ってたの!」

「ごめんね、奈月」

「駄目! 私の彼氏だし! 絶対ダメだよ!」

「そんなこと言ったら私の婚約者なんだよ。しかも奈月よりずっと前から」


 そう言われると言葉に詰まる。


「とにかく駄目なものは駄目なの! イレナはモテるんだし古林くんなんていいでしょ!」

「それを言うなら奈月の方がモテるでしょ」


 親密な空気から一転、バチバチと火花を散らしあう。


「じゃあ正々堂々勝負しよう」

「望むところ。さあ、イレナ、かかってきて」

「なに言ってるのよ。勝負っていうのは喧嘩じゃなくて女の子としてどちらを古林くんが選んでくれるかの勝負だよ」

「はあ!? そんなの絶対イレナが有利だし!」

「そんなことないよ。奈月はすごく可愛いし、それに古林くんは私のパンツとかおっぱいに興味を示さなかったもん」


 どうやらまだ根に持っているらしく、イレナは不服そうに唇を尖らせる。


「どちらが古林くんの心を捕まえられるか、勝負だよ」

「分かった。じゃあ受けて立つ!」


 私たちは拳をコツンと合わせて戦いのゴングを鳴らした。

 でも超絶美少女のイレナに、いったいどうやれば勝てるのだろうか?



 ────────────────────



 遂にイレナとの本格的な戦いが始まります!

 とはいえ喧嘩以外の戦いははじめての風合瀬さん。

 果たしてミックス美少女に勝てるのでしょうか?










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