第23話 突然の襲撃

 妙な空気になり、僕たちは見つめ合う。


「押し倒してきたりとか、服を脱がしてきたりとか、おっぱい触ってきたりとか……」

「風合瀬さんは僕をなんだと思ってるわけ!?」

「ビリヤードのときおっぱい覗いたり、パンツに見惚れて蹴られたくせに!」

「あれはっ……」


 事実なので反論のしようもない。


「私を木に押し付けてキスとかしようとか考えてるんでしょ! えっちなんだから!」

「風合瀬さんにとってはキスもえっちなことなの?」

「キ、キキキスは……ドラマとかでも映ってるからエッチじゃないかも……」


 風合瀬さんは目を伏せて、ちらっとこっちを見てくる。

 これは……キスならいいってことなのだろうか!?


 血液が恐ろしい速度で身体を駆け巡りはじめる。


 パキッ……


 枝を踏む足音が聞こえ、僕たちは咄嗟に構えて振り向く。


「お前たちはっ……!?」


 そこには先日バッティングセンターで絡んできたヤンキーたちの姿があった。

 しかしなんだか様子がおかしい。

 復讐に来た割には三人ともみんな気まずそうな、覇気のない顔をしている。


「ワンパン姫も恋をすると骨抜きの恋する乙女なんだね。なんかガッカリしちゃった」


 三人の後ろから笑いながらやって来たのは、なんと──


「イレナっ!?」


 風合瀬さんの親友であり、ミックスの美少女イレナさんだった。


「このヤンキーたちに襲撃させたときも古林くんの背中に隠れちゃって。以前の奈月なら絶対自分でボコってたでしょ?」

「え!? あれってイレナが仕組んだことなの!? ちょっと待って、情報量が多すぎてついていけない!」


 風合瀬さんは目を白黒させてパニクっている。

 もちろん僕もパニックだ。

 いきなりのことで訳が分からない。

 でもひとつ確かなのはいまのイレナさんは学校で見るときとはまるで違い、凄まじいまでの闘気を纏っているということだ。

 下手に近づけばやられる。

 その気配はビンビンに感じていた。


「風合瀬奈月っていうすごく強い女の子がいるって噂を聞いて、私はあなたと同じ高校に入ったの。私より強い女子なんているわけないっていうライバル心からね」


 風合瀬さんもイレナさんのただならぬオーラを感じているのだろう。

 黙って聞いていた。


「噂通り、いや噂以上にあなたは強かったわ。屈強な男たちをワンパンで沈める姿は最高だった。いつか必ずあなたと対決して私が最強であると証明したかった」

「イレナ……」

「でもっ」


 イレナさんは鋭い目付きになり、僕を睨んだ。


「古林くんに負けて、奈月の牙は折れた。メスライオンと呼ばれたあなたは、可愛い子猫ちゃんになってしまった」

「イレナさん、あなたはいったい……」

「だから私が古林くんを倒す。奈月の目を覚ましてもう一度ワンパン姫に戻ってもらうの」


 イレナさんが腰を落として構えるとヤンキー三人組は悲鳴を上げながら逃げていった。

 よほどイレナさんに叩きのめされたのだろう。


「悪いけど僕は女の子とは戦えない」

「奈月とは戦ったでしょ」

「あれは間違いというか……」

「それに私にはもうひとつ、古林くんを倒さなきゃいけない理由があるの」

「もうひとつの理由?」


 イレナさんは飛び掛かる直前の猛獣のように低い姿勢のまま頷く。


「古林くんを倒して、こんな弱い男とは結婚できないってお父様に伝えるの」

「結婚出来ないって……まさか君は!?」


「そうよ。。驚いた?」


 衝撃的な展開に言葉を失う。


「フィアンセってイレナだったの!?」

「私も驚いたよ。つい最近お父様にフィアンセがいるって言われて、しかもその相手が古林くんだって言うから」


 イレナさんは悲しげな目をして風合瀬さんを見る。


「それっていつ知ったの?」

「二週間くらい前かな。多分古林くんと同じ日だったと思うよ。ビックリしちゃうよねー。奈月のカレシが結婚相手だなんて。マジウケた」


 イレナさんは口の端を上げ、ニッと笑う。無理矢理笑っているのは明らかである。


「僕も結婚には反対だ。二人で断りにいこう」

「そんなこと言って聞いてくれる親なら苦労してないんじゃない、お互いに」


 どうやらイレナさんのお父さんも僕のおじいちゃんと同じタイプのようだ。


「古林くんに勝てば『あんな弱い奴と結婚できません』って言えるでしょ? それに古林くんが負ければ奈月の目も覚めると思うし。そして目覚めた奈月と戦うの」

「そんなのって……嫌だよ、イレナ。やめようよ」


 風合瀬さんは泣き出しそうな顔をしている。

 イレナさんと戦いたくないのだろう。


 確かにイレナさんに負ければ、もしかすると婚約は破棄できるかもしれない。

 でもここで負けたら風合瀬さんにも申し訳ない気がした。


「分かったよ。そこまで言うなら相手になろう」


 スゥーッと息を吸い、ゆっくりと吐きながら構える。


「言っておくけど私は東欧に伝わる暗殺武術の伝承者だから。手加減とかしたら、殺すからね」

「そんなこと言われなくてもオーラで分かってるよ」

「あら、うれしい。古林くんのオーラもすごいもんね。学校では陰キャのモブを演じてるくせに」


 互いに負けられない戦いが、いま始まる。




 ────────────────────



 いきなりの展開と正体を現した許嫁。

 負けられない戦いに古林くんは勝てるのでしょうか?

 頑張れ、古林くん!

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