第22話 自分の気持ちに気付く

 気がつくと、僕はまた風合瀬さんのことを思い出していた。


『古林くんは冴えない男なんかじゃないよ。真面目でしっかりしてるし、すごく優しいから。それにさっき私を守って戦ってくれている時とか、すごくかっこよかったし……』


 風合瀬さんの声が脳内に甦る。

 卑下する僕を勇気づけるために言ってくれた言葉だと知りつつも、嬉しくなってしまう。


「どうしたんじゃ、でれっとした顔して」

「お、おじいちゃん!? いつの間に来たの!?」

「注意力散漫じゃな。情けない」


 いつの間にか我が家のリビングにやって来たおじいちゃんは呆れた顔をして首を振る。


「自宅のリビングなんだからくつろいでたってよくない?」

「古林流幽幻闘技の伝承者にくつろげる時間なんてあるか」


 ますますそんなものになりたくなくなったけれど、反論すると長くて鬱陶しいのでスルーした。


「どうだ? ワシと戦う決心はついたか?」

「……いや。まだだよ」

「怖じ気づいたのか?」


 以前の僕なら、おじいちゃんと本気の決闘なんて絶対にしなかっただろう。

 しかし勝たないと結婚相手を決められてしまう。

 風合瀬さんのことも諦めなくてはいけない。

 そう思うと信じられないくらい勇気が湧いてきた。


「いや。僕は必ずおじいちゃんに勝つ」

「ほぉ」


 おじいちゃんは目をすぅっと細くする。

 笑っているようにも、怒っているようにも見える仏像のような表情だった。

 いつものような緊張感が張り詰め、僕も姿勢を正した。


「お前にしてはなかなかいい瞳をしているな。楽しみにしておるよ」

「はい」

「しかしワシが勝ったら約束通り許嫁と結婚してもらうからな」

「わかりました」

「本当にいいのか?」


 おじいちゃんは鋭い眼光を僕に向ける。

 もし負ければ風合瀬さんと別れなくてはいけない。

 そう言いたいのだろう。


「構いません。僕は必ず勝ちますから」


 僕も強い意思を込めておじいちゃんを見詰め返す。


「威勢がいいな。よほどあのお嬢さんに惚れているんだな」

「はい」


 認めた瞬間、心の中の淀みが晴れた気がした。

 もしかしたら僕は本当に風合瀬さんを好きになってしまっているのかもしれない。


「楽しみにしておるよ」


 おじいちゃんは厳しい表情になり、そう言い残して帰っていった。


 おじいちゃんとしても自分が決めた許嫁がいる手前、負けるわけにはいかないのだろう。


 そのときふと思った。

 許嫁の相手も、きっと同じように結婚相手を決められて困っているのだろう。

 どこの誰とも分からない相手と結婚させられるなんて誰だって嫌だ。


 お見合いが一般的だった時代ならいざ知らず、このご時世に人生最大の決断を人に決められるなんてあり得ない話である。

 見たこともない彼女のためにも、僕は負けるわけにはいかなかった。




 意識してしまうと風合瀬さんの顔を直視できなくなってしまった。

 女性に縁遠い男子の悲しい性である。

 ここ三日ほど会話はおろか視線すら合わせられない。


「ねぇ古林くん」


 帰宅途中に声をかけられて振り返ると、ムスッとした風合瀬さんが立っていた。


「や、やぁ風合瀬さん。どうしたの?」

「それはこっちのセリフ。最近どうしたの?」

「ど、どうもしてないけど?」


 そう言いつつも顔を逸らしてしまう。

 その態度が逆鱗に振れてしまったらしく、風合瀬さんは両手でペチンッと僕の顔を挟んで正面を向かせてきた。


「私のこと、無視してるでしょ」


 風合瀬さんは不安そうな瞳で僕を見詰めていた。

 ドキドキが爆発し、身体が発熱する。


「お、おじいちゃんに勝つ方法を考えててさ」

「なんだ。そんなこと?」


 風合瀬さんはホッとしたように肩の力を抜いた。

 いったいなにを思い詰めていると勘違いしていたのだろう?


「風合瀬さんにとっては『そんなこと』でも僕にとっては一大事だから」

「気持ちは分かるけど悩むことないじゃない。そんなの特訓すればいいんだって」

「ただ訓練したっておじいちゃんには勝てない気がする」

「そうかもしんないけど、訓練しなかったらよけい勝てないでしょ? 分かんなかったら取り敢えず鍛える! 基本でしょ」


 相変わらず脳筋発想の風合瀬さんを見て、なぜだか少しホッとした。


「確かにね」

「私が相手してあげるから。ほら、行こ」


 風合瀬さんと学校近くの神社の裏山に移動する。


「ここは広いし、暴れたい放題だよ」

「誰か来たりしない?」

「誰も来ないって。私は一人にないたいときよくここに来るんだけど、誰も来たことないから」


 鬱蒼と繁った森の中は確かに人の気配が感じられない。


「そっか。ここなら誰にも邪魔されず二人きりなんだね」


 そう言うと、風合瀬さんは顔を真っ赤に染めた。


「へ、変な言い方しないでよ……ここには特訓しに来たんだからね」

「分かってるよ」

「え、えっちなこととかしてきたら殺すからっ!」

「するわけないだろ!」


 特訓以外全く頭になかったのに風合瀬さんが変なこと言うから、妙な方向に意識がいってしまう。



 ────────────────────



 イチャイチャせずにさっさと特訓しろ!

 などと笑っていられるのもここまで!

 次回、物語は新たな局面を迎えます!

 お楽しみに!

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