第18話 風合瀬さんが戦う理由
「やっぱ古林くんは強いなぁ」
負けたのがよほど悔しかったのだろ。
その目はうっすらと濡れていてドキッとした。
涙のあとを見ないために、僕も彼女の隣にごろんと仰向けに寝転がった。
もうすぐ夏がやってくる空は、とても高くて青かった。
「私、子供の頃からすごくおてんばだったの」
静かな声で風合瀬さんが昔を語りはじめる。
「いつも男の子に混ざって公園で遊んだりして駆け回ってた。髪もショートカットで、いつも日に焼けていて、膝なんていつも絆創膏張ってた」
「キャラ通りだね」
「ひどーい。ま、そうなんだけど」
風合瀬さんのクスクスという笑い声が軽やかで心地いい。
「でも段々男子は背も伸びて逞しくなるでしょ。次第に走るのに負けたり、木登りで負けたりして悔しかった。それが原因で喧嘩になってさ。けれど喧嘩でも勝てなくて」
「それは仕方ないよ」
「うん。でもその時の私はそれが認められなかった。ものすごく悔しくて。だから動画で空手とかを勉強し始めたの」
「動画で? すごい独学だね」
どうやらそれが風合瀬さんの格闘技の源流だったようだ。
「ボクシング、総合格闘技、カポエラ、プロレス。色んなものを見よう見まねでいい加減にやってたんだけどさ。でもセンスがよかったんだろうね。そのうち男子と喧嘩しても勝てるようになったの」
「絶対努力の方向を間違ってるよね、それ」
「しかたないでしょ。それが私という人間なの。それから私がすごく強いって噂が流れて、喧嘩に勝ちたい男子が近付いてくるようになったの」
「でも動画で見ただけでそんなに上達するものなの?」
最近では動画だけで学んで人気店になる寿司屋もあると聞いたことあるけれど、それにしてもあの動きを体得するのに独学というのはにわかには信じられない。
「それがうちのお父さん、普通のサラリーマンなんだけど、妙に格闘技に詳しくてさ。私が喧嘩ばかりしてるって知ったら色々教えてくれたの」
「お父さんに? 普通怒られるでしょ」
「自分で自分の身を守るのは大切だって言ってさ。だから自分から喧嘩するのはダメだけど、護身なら許すって」
「変わってるね。で、お父さんが強かったんだ?」
「ううん」
風合瀬さんは首を振る。
「お父さんはヒョロヒョロだし、全然強くないよ。ただ格闘技に詳しかっただけ。実際に手合わせの稽古なんてしてないの。型やら身体の動かし方とか教えてもらっただけ。でもそれがめちゃくちゃ上手でさ」
「動画で学び、動きだけをお父さんから教わり、あとは実戦経験なんだ」
すごい話だ。
そもそも風合瀬さんのセンスがよかったのだろう。
「これまで負けなかったのはたまたま運が良かっただけだよ。喧嘩なんかしちゃダメだから」
「仕方ないでしょ。向こうから来ちゃうんだし」
風合瀬さんはむくっと半身起き上がって座る。
それにわあせて僕も座る。
「悔しいなぁ。古林くんには勝てないんだもん」
「いくら勝ちたいからって、その、パ、パンツを見せるとかあり得ないからね!」
「なんでよ。古林くんに勝つためならパンツくらいいいしっ」
風合瀬さんは顔を赤らめて僕を睨む。
「よくないよ!」
「可愛かったでしょ、あのパンツ。今日のために選んできたんだよ」
「はぁ!? なに考えてるんだよ。そ、そもそもそんなことのために下着を見せるなんて……い、一応彼氏である僕としては微妙だから」
「はあ!? パンツ見せるのは古林くんだけだから! 誰にでも見せるわけないでしょ!」
風合瀬さんは顔を真っ赤に染めて僕の二の腕を叩く。
今日一番のいいパンチだった。
冷静に聞くと『パンツ見せるのは古林くんだけ』ってなかなかパンチの聞いた言葉である。
僕も顔が熱くなってきた。
「そ、それならいいけれど。でも見せたところで負けたんだから、もうやめてよね」
「ガン見して蹴っ飛ばされたくせに! エッチ! 変態古林くん」
「勝つためにパンツ見せる方が変態だろ!」
「見せパンだからいいの!」
自分勝手なルールでいいことにされてしまう。
子どもみたいな言い分が風合瀬さんらしくて可愛い。
「ちなみにブラもお揃いなんだけど、見たい?」
風合瀬さんは襟首を引っ張って僕を煽る。
でも照れているようで、顔は赤い。
照れ屋の癖に人をからかうのが好きな困った人だ。
「どうせ覗き込もうとしたところをパンチしてくる作戦だろ?」
「バレた?」
風合瀬さんはペロッと舌を出す。
本当に油断も隙もない。
この分だとキスする振りをして不意討ちとか、もっとえっちな罠も仕掛けてくるかもしれない。
油断は大敵である。
でもお揃いのブラは、一発くらい殴られても見てみたい誘惑に駈られた。
男の悲しい性である。
────────────────────
風合瀬さんが戦う理由はそういうことにたったんですね。
それにしても古林くん、ブラも見てひどい目にあわされればよかったのに!
さて、次回はちょっとアレなお話なので十五歳以下のお友だちは読まずに飛ばそうね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます