第17話 風合瀬さんの秘策

 その後もレッサーパンダを見たり、ジャガーを見たり、風合瀬さんは大興奮だった。

 何となくの思い付きで来たけれど、ここを選んだのは正解だった。


 夕方になったので園を出たが、風合瀬さんはまだ名残惜しそうに振り返った。

「また来ようね」と伝えると風合瀬さんは大きく頷いた。


「素敵なところにつれてきてくれてありがとう」

「デートコースとしては合格だった?」

「そりゃもう! 百点だよ! カラオケとか連れていかれたらどうしようってちょっと不安だったし」

「カラオケ嫌いなの?」

「別にそうじゃないけど」


 風合瀬さんは僕を見て、少しはにかむ。


「なんか古林くんっぽくないじゃん。古林くんならもっと面白いところに連れていってくれると思っていたから」

「そんなハードル上げられると次が怖いな」

「もちろん次も期待してるからね。今日以上のところに連れていってよね」


 冗談めかした顔で風合瀬さんが笑う。


「考えとくよ。じゃあ帰ろう」

「待って」


 駅に向かおうとした僕の手を風合瀬さんが握る。

 柔らかな感触に胸が高鳴った。


「もうちょっと、散歩でもしようよ」

「う、うん」

「私も古林くんに言いたいこと、あるし……」


 風合瀬さんはポッと頬を染めてうつむく。

 普段男友達みたいなノリなのに急にそんな態度を獲るのは卑怯だ。

 お陰で僕は心臓を鷲掴みされたような衝動を覚えてしまった。


 ここは埋め立て地で少しずれると人通りが消えてしまう。

 風合瀬さんはわざと人混みを離れるように、なにもない方へと歩いていく。


 いったいどこに行くつもりなのか?

 そして僕に言いたいこととはなんなのだろうか?


 否応なしに僕の鼓動は速まっていった。


「ここならいいかな」


 風合瀬さんが立ち止まったのは人のいない海岸沿いだった。


「古林くんっ!」

「は、はい」


 風合瀬さんは僕に向き合い、そしてゆっくりと腰を下げて両手を構える。


「ここで決闘しよ」

「……は?」

「デートばっかりしてたら強くならないでしょ。1日の締めは決闘で」



 風合瀬さんの表情はいたって真剣だった。

 ちょっと、というかかなりドキドキしてしまっていた自分が恥ずかしい。


「この決闘で僕が負けたら恋人関係解消だね」


 デートしていてすっかり忘れていたが、よく考えれば彼女は僕に負けたから不本意ながら僕と付き合っているだけだ。

 さっさと僕を倒して自由の身になりたいのだろう。


「そういえばそういう約束だったね。でも私が勝ってもおじいさんを説得するために恋人の振りは続けてあげるから安心して」

「ありがとう。それは助かるよ」


 風合瀬さんと距離を取りながら僕も姿勢を低くして構える。


「古林くんの弱点は見抜いてるから。今日は負けないと思うよ」

「そういえば前回のデートで僕の弱点見つけたとか言ってたよね」

「そう。だから覚悟してね」


 彼女は根っから戦うのが好きなのだろう。

 目を爛々と輝かせている。


(あれ? そういえば風合瀬さんスカートだけど大丈夫なのかな?)


 そう気づいた瞬間、風合瀬さんは「はじめっ!」と掛け声を上げて向かってくる。


 ワンパン姫の二つ名通り、まずはパンチを放ってくる。

 下手に避けるとそれに合わせて追撃を食らうかもしれない。

 先日のおじいちゃんとの組み手の時はその作戦を多用していた。


 敢えて避けずにガードすると素早いローキックを放ってきた。

 半歩下がって避けたところに更に突きを放ってくる。

 予想していたけれど、かなり素早い連続攻撃だ。

 一旦体勢を整えるために大きくバックした。

 速い動きではある。でも避けきれない攻撃ではない。


「かかったな、古林くんっ!」

「え?」


 風合瀬さんは左脚を軸にし、右脚を大きく上げて蹴りを放ってくる。

 速度、角度、タイミングがぴったり合った強烈な蹴りだ。

 しかしそれ以上に驚愕だったのは──


(パ、パンツが丸見えなんだけど……)


 淡い水色に白いレースのついた下着だった。

 驚いて動けなくなった。

 その結果、風合瀬さんの蹴りがもろに顔面に入った。


「ぐはっ!」

「隙ありだよ、古林くん」


 想像していた以上に強力な一撃で頭がフラッとした。


「違うんだって! 蹴りはしちゃダメ! パ、パパンツが見えちゃってるよ!」

「いいの」

「よくないよ!」

「だってそれが作戦だから」


 風合瀬さんは更にもう一撃キックを放つ。

 よろけながらなんとかそれは躱す。


「作戦っ!?」

「古林くんはエッチだからパンツとかガン見するでしょ。古林くんの弱点、それはズバリ、エッチなこと!」

「なにその失礼な分析と捨て身の作戦!」


 きっとビリヤードで胸の谷間を見てしまった時に気付いたのだろう。

 確かに健全な男子高校生を殺すには十分過ぎる悪魔的な作戦だ。


「って、勝つためにそこまでする!?」

「これはおろしたてのパンツだから汚れてないし、いいの!」


 風合瀬さんは次々と蹴りや突きを放ってくる。

 ここで負けたらスケベだから負けたという不名誉までついてきてしまうので、負けるわけにはいかない。


 風合瀬さんが放ったパンチをするりと避け、手首を掴んでぐりっと捻り上げる。


「痛たたたっ!」

「ごめんね」


 そのまま腕を掴んで捻りながら風合瀬さんを地面にうつ伏せに倒した。


「痛い痛いっ! ギブギブ!」


 その声を聞き届けてすぐに腕を離した。


「大丈夫?」

「あー、もう! やっぱ強すぎるっ! せっかく勝てそうだったのに!」


 風合瀬さんはうつ伏せのまま足をバタバタさせて悔しがる。



 ────────────────────



 女の子としてあるまじきはしたない作戦に出た風合瀬さん。

 勝利への執念を感じます。

 でもおろしたてならいいんでしょうか?


 一戦交えて二人の仲はさらに深まったことでしょう!

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