第16話 本物の彼女に見えた瞬間

 金曜日の放課後。

 僕は風合瀬さんと一緒に帰っていた。


「おじいちゃんにどうやって勝てばいいんだろう」

「またその話? 今日だけで三回目だよ」

「ごめん。でも最近そればっかり考えてて」

「考えたって答えなんて出ないでしょ。鍛練を詰むしかないんじゃない」


 脳筋気味な風合瀬さんらしい答えだ。

 しかしただ単に鍛えたところであの人には一生勝てない気がする。

 少し卑怯でもなにか秘策やおじいちゃんの弱点を見つけなければ無理だ。


「ねぇ明日って時間ある?」

「なに!? なんか秘策が浮かんだの?」


 喜んで訊ねると風合瀬さんは「はぁ」とため息をついた。


「彼女なのにデートに誘ってもいけないの?」

「あ、ごめん。もちろん大丈夫だよ」

「古林くんはちょっと煮詰まりすぎ。少し他のことをして頭をリセットした方がいいよ」

「確かにそうかも。ありがとう」


 風合瀬さんの言う通りだ。

 あまり気負いすぎてもいい結果は出ない。

 たまには息抜きも必要である。



 翌日の土曜日。僕は風合瀬さんと街中のジェラート屋さんに来ていた。

 なんでもここのジェラートは本場イタリアの有名店で日本に最近出来た店らしい。

 風合瀬さんが行ってみたいというのでやって来た。

 彼女はピスタチオとチョコレートを選び、僕はレモン味のものを頼んだ。


「うわっ、超美味しい! なにこれ!」


 風合瀬さんは目を丸くして驚いていた。

 前から思っていたけど、風合瀬さんは表情豊かだ。

 感情を臆することなくストレートに表情に出す。

 気取ったところがなくて好感がもてるし、こちらも気を遣わなくていいから楽だ。


「僕のレモン味も少しすっぱいけど爽やかで美味しいよ」

「えー、いいなー! ちょっとちょうだい!」

「いいよ」


 つい勢いでジェラートを掬ったスプーンを風合瀬さんの口許に近付けてしまった。


「ちょっと。子どもじゃないんですけど?」

「ご、ごめん。つい」

「こんな店の中で『あーん』をするとか、あり得ないし。バカなカップルじゃないんだから」


 風合瀬さんは顔を赤くしながら自らのスプーンでレモンのジェラートを掬って「おいしー!」と目を細めて笑った。


「今日はこの後どうする予定?」

「あのねぇ、古林くん。デートなんだから古林くんもちょっとはプランを立ててきたら?」

「そっか。ごめん」

「そうやってすぐ謝るのも禁止。なんか私が怒ってばっかみたいでしょ」


「ごめん」という言葉は、僕の『盾』みたいなものだった。

 どんなときでも取り敢えず謝ればそれ以上厳しく追求されることはない。

 でもたとえ仮でも恋人同士ならばそんな盾ばかり構えてまともに向き合わないのはよくないことだ。


「さて、古林くんは私をどこに連れていってくれるのかな?」


 風合瀬さんは頬杖をついて僕を試すような笑みを浮かべる。

 いきなりそんなこと言われても、デートなんてろくにしたことない僕にはノーアイデアだ。


 今日の風合瀬さんはスカートである。

 前回はズボンを穿いていたのでアクティブなところに行けたけれどスカートだとそうもいかない。


 だけど靴はスニーカーだから多少歩くのは問題ないだろう。

 時刻は午前十一時。

 今ジェラートを食べたし、お昼は十二時きっかりである必要はない。

 むしろ混雑を避けた時間の方が良さそうだ。


「よし、じゃあ──」


 僕が風合瀬さんを誘ったのは屋内型の小型動物園だった。

 それほど大きくはないけど、アマゾンだったりサバンナだったり熱帯雨林だったりと各エリア様々なコンセプトで展示していて面白い。

 我ながら子どもみたいな発想だと思ったけど風合瀬さんは喜んで賛同してくれた。


「見て見て! オオハシに餌付けとか出来るんだって!」

「オオハシってあのくちばしがやたらでかい鳥でしょ? 怖くないの?」

「大人しい子だもん怖くないよ。古林くんは強いくせにビビりだなぁ」


 僕が怖がったのが面白いらしく、風合瀬さんはニヒヒと憎たらしい笑顔を見せる。

 その瞬間、なぜか風合瀬さんが本物の彼女のような気がして、胸がドクンっと震えた。


 オオハシのエサやりは独特で、ブドウを持って手を横にピンっと伸ばす。

 するとオオハシが飛んでやって来て、腕にちょこんっと乗ってブドウを食べるという流れだ。


 風合瀬さんがブドウを持って手を伸ばすと、枝にとまったオオハシがこちらをじっと見詰めてくる。

 危険がないことを確認したような間の後、大きな翼をバサッと広げて滑るように飛び、風合瀬さんの腕に着地した。


「わっ。来た」

「痛くない?」

「全然。くすぐったいくらいだよ」


 大きな鉤爪に掴まれても痛くはないらしい。

 腕に飛び乗ったオオハシはチョンチョンっと跳ねるように移動して、パクッとブドウを食べた。


「かわいいー!」

「くちばしでつつかれたよ!? 痛くないの!?」

「騒ぎすぎ。痛くないってば」


 ブドウを食べるオオハシを愛おしげに見詰める風合瀬さん。

 その姿がとても絵になっていたのでスマホのカメラを向ける。


「いえーい!」


 風合瀬さんはニカッと笑ってピースをする。

 本当に素の顔を惜しげもなく晒してくれる人だ。



 ────────────────────



 イチャイチャしてる場合か!

 修行しろ!


 オオハシのエサやりというのは実に楽しいものです。

 機会があればみなさんも是非!

 ただしエサのやりすぎはダメなのでタイミング的に出来ないときもあるので注意です!

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