第15話 偽りの誓い

 一度転ばされたくらいでは風合瀬かそせさんの闘志は消えなかった。

 いや、更に火が着いたのかもしれない。


 ワンパン姫と謳われる本領発揮で、更に重く素早い攻撃を次々と繰り出していく。

 しかも攻撃の数々が繋がっており、演舞のように美しい。

 正直この舞いのような連続技で攻められたら、僕だって受けきれないだろう。


 しかし僕の師匠であるおじいちゃんはさすがにレベルが違った。

 風合瀬さんの技をひらひらとかわしていく。

 十分を過ぎると、さすがに風合瀬さんの息は上がってしまっていた。


「風合瀬さん、もうやめておきなよ」

「まだまだっ! これからなの!」

「ホッホッホ。これはなかなか気丈なお嬢さんだ」


 風合瀬さんはふらつきながらも大きな弧を描く蹴りを放つ。

 おじいちゃんはすぅっと風合瀬さんの懐に入り込んだ。


「危ないっ!」


 これはいつものおじちゃんの動きだ。

 一瞬の隙を衝き懐にもぐる。

 そしてみぞおちに掌底を打ち込む流れである。

 思わず声を上げておじちゃんを止めに入った。

 しかし僕の速度では間に合わない。


「勝負、あったな、お嬢さん」


 おじいちゃんの掌底はみぞおちギリギリで寸止めされていた。

 完全に攻撃を封じられ、寸止めまでされたところで心が折れたのだろう。

 風合瀬さんは掌を打ち込まれたかのように膝からガクッと床に崩れた。


「そんなっ……一撃も当てられないなんて……」

「まだまだだのぉ、お嬢さん。これでは奏介との結婚は認められん」


 おじいちゃんはしゃがんで風合瀬さんと視線を合わせる。

 風合瀬さんは悔しそうに唇を噛み、おじいちゃんに鋭い眼光を向けていた。

 飼い慣らせない肉食獣のようだ。


 もちろん僕と結婚できないことを悔しがっている訳じゃないだろう。

 一撃も当てられなかったことを悔しがっているだけだ。


「しかし見所はある。あと一回チャンスをやろう。鍛え直して出直してこい」

「待ってよ!」


 僕は自分でも驚くくらい大きな声を上げていた。


「そのあと一回のチャンス、僕に挑戦させて」

「なに?」

「僕がおじいちゃんに勝ったら風合瀬さんと結婚することを許してもらう。それでいいでしょ?」

「ふざけないで! これは私の戦いなの! 横取りしないで!」


 風合瀬さんが立ち上がって僕を睨む。


「これはそもそも僕の問題だ。風合瀬さんに背負わせるわけにはいかない」

「古林くんの問題じゃない。二人の問題でしょ!」

「頼む。風合瀬さん。僕がやらないといけないんだ。分かってくれ」


 僕らが睨み合っているとおじいちゃんが笑いだす。


「お前たち、仲いいのか悪いのか分からんな」

「おじいちゃん、お願いします。僕にもチャンスをください」

「構わないが、奏介の場合はわしも本気で戦うぞ? わしが勝ったら許嫁と結婚してもらう。それでもいいのか?」


 笑顔の中にも強烈な闘気が漂っていた。


「構いません。僕はどうしても風合瀬さんと結婚したい」


 そう断言すると風合瀬さんは顔を真っ赤にしてうつむいた。


「よかろう。せいぜい鍛えてから挑戦してこい」


 おじいちゃんは急に全身に漂っていたオーラを消し、好好爺よろしくひょこひょこと道場をあとにしていった。


「ごめん、古林くん。役に立てなくて」

「なに言ってるんだよ。すごく助かったよ」

「でも一撃も当てられなかった」


 風合瀬さんは悔しそうに呟いて目を伏せる。


「あのおじいちゃんがチャンスをくれるといったんだ。風合瀬さんは知らないだろうけど、これはすごいことなんだよ」


 今まで僕の意見など考慮してもらったことがなかった。

 あのおじいちゃんがチャンスをくれるというのは、本当に驚きだった。


「このチャンスを活かして、必ず勝ってみせる」

「……私と結婚したいから?」


 風合瀬さんは不安げに僕を見た。


「ち、違うよ。許嫁とやらと結婚しないためだから! 僕が勝ったからって風合瀬さんに結婚しろなんて迫らないから安心して」

「ふぅん。あっそ」


 風合瀬さんはムッとした顔をしてプイッと顔を背ける。

 よほどおじいちゃんとの対決を横取りされたことに腹を立てているのだろう。

 本当に戦うのが好きな人だ。



 ~ワンパン姫side~


 家に帰ると汗をかいたからすぐにシャワーを浴びた。


「それにしてもすごかったよね、おじいちゃん……」


 脳内に古林くんのおじいちゃんの動きが甦り、心臓が震えた。

 あんなに攻撃が当てられなかったことは、これまでにない。

 まるで煙に攻撃しているかのように手応えが得られなかった。


 しかもこちらが汗だくになるまで攻撃しているのに、おじいちゃんは息一つ乱していなかったし……


「あの古林くんが勝てないというのも納得だよね」


 泡立ったスポンジでお腹を洗っているとき、おじいちゃんに攻撃を寸止めされたことを思い出す。


 もしあのまま打たれていたら……


 そう思うと身体が震えた。


 古林くんが助けに来てくれたのは、ちょっと嬉しかった。

 まあ元々おじいちゃんは当てるつもりはなかったんだろうけど。


『どうしても風合瀬さんと結婚したい』


 真剣な顔でそう言った古林くんを思い出して胸がキュンっと震えた。


「い、いやいや! あれはおじいちゃんを騙すための嘘だし。それに別に古林くんと結婚なんてしたくないしっ!」


 シャワーを全開にして顔に当てて気持ちを落ち着ける。


「そもそも古林くんって私みたいな粗暴な女じゃなくて大人しくて可愛らしい女の子が好きそうだし。てか絶対そう。私に勝ったから彼氏にしてあげるって言ったときも迷惑そうだったし」


 なんだか思い出していたら腹が立ってきた。


 古林くんが好きな女の子はきっともっと笑顔が可愛くて、気遣いができる優等生タイプだ。

 おっぱいだってこんな中途半端なものじゃなくて、もっとすごく大きい女の子が好きに違いない!


 こんなモヤモヤした気持ちになるのも、全部古林くんが悪い。

 絶対決闘に勝利して自由の身になってやるんだから!



 ────────────────────



 なんとかチャンスをもらえた古林くん。

 風合瀬さんとの未来のために(?)頑張るんだ!


 そしてもうちょっと女の子の心を理解しろ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る