第14話 交際を賭けた戦い

 まだおじいちゃんは来ていないのに、道場の中には緊張が張り詰めていた。

 僕の隣には持参した空手着に着替えた風合瀬さんが座っている。

 ピシッと背筋を伸ばし、凛とした表情でまっすぐ前を見ている。


「なんで古林くんは私服なの? 道着を着なさいよ。道場だよ?」

「いや古林流隠密骨法には道着はないんだ。要人の警護とか暗殺を目的としているから目立たない私服が基本らしくて」

「ふぅん……」


 おじいちゃんに会って欲しい人がいると伝えたところ内容を察したらしく、道場に連れてこいと言われた。

 いったい何を企んでいるのかは知らないが、いい予感はしなかった。


「待たせたな」


 おじいちゃんが作務衣姿で道場に現れた。

 特に打ち合わせはしてなかったけれど風合瀬さんは両手ついて頭を下げる。

 風合瀬さんが顔を上げた瞬間、おじいちゃんは少し驚いた顔をした。


「そのお嬢さんがわしに会わせたい人か?」

「はい」

「はじめまして。風合瀬奈月と申します」


 普段は今どきの女子という感じの風合瀬さんだが、今日は古式ゆかしい大和撫子と言った感じだ。


「実は僕と風合瀬さんは付き合っていて……」


 そこまで伝えるとおじいちゃんにギロッと睨まれる。

 考えすぎかもしれないが、おじいちゃんには嘘は全て見抜かれる気がしてならない。


 緊張で喉がキュッと締まる。

 言葉が続けられなくなり、汗がジトーッと溢れてきた。


「それで、あの……」

「将来は結婚したいと思っております」


 言い淀む僕に代わって風合瀬さんがそう伝えた。

 おじいちゃんの視線を受けても怯むことなく、じっと視線を合わせたままだ。


「ほう? お嬢さん、風合瀬さんと言ったかな? うちの奏介と結婚を約束したのか?」

「はい」

「すまんな、風合瀬さん。結婚を許すわけにはいかんのだよ」

「そう仰られることは覚悟の上で本日お伺いしてます。私も引き下がるわけにはいきません」


風合瀬さんの毅然とした態度を見て、おじいちゃんはハッとした顔になる。


「ま、まさか二人はもう契り合った仲なのか?」


 おじいちゃんは珍しく少し狼狽える。

 僕もおじいちゃんの言葉に面食らった。


「ち、契り合うって……」


 契りとは結婚を約束するという意味だが、この場合辞書の意味でいうところの二番目に書かれてあるような意味なのだろう。


「キ、キスまでです! キスまでは契りました!」


 風合瀬さんは顔を真っ赤にさせながら嘘をつく。

 突拍子もない発言に呆気にとられていると、風合瀬さんから『話を合わせてよ』という目付きで睨まれる。


「そ、そうなんだ。おじいちゃん。だからもう今さら」

「せ、接吻ならまだ引き返せるじゃろ!」


 おじいちゃんも狼狽えながら反論する。

 意外とこういう話には弱いようだ。はじめておじいちゃんの弱点を知った気がする。


「ファーストキスでした!」

「うぐぐっ……そ、それは誠に申し訳ない」


 おじいちゃんは苦しそうな表情で頭を深く下げる。


「だが奏介は既に結婚する相手が決まっておるのだ。申し訳ないが、諦めてくれ」

「それも奏介さんから聞いてます。古林流幽幻闘技の伝承するために強い女性と婚約しているんですよね」

「ああ、その通りだ。古林流の伝承者ならば仕方のないことなのだ」

「それならば問題ありません」


 風合瀬さんはスッと静かに立ち上がる。


「私も武道の腕には覚えがあります。強さを求められるならば、むしろ私ほどの適任者はいないと自負しております」

「ほぉ……面白い」


 おじいちゃんも愉快そうにすくっと立ち上がる。


「見た瞬間からお嬢さんが腕の立つ武術者だとは気付いておった。その力を試してやろう」

「駄目だ、風合瀬さん。おじいちゃんはとんでもない強さだから」

「へぇ。ますます楽しみになってきた」


 風合瀬さんは緊張した笑みを浮かべる。

 きっと彼女は最初からこの展開を予想していたのだろう。

 いや、脳筋の風合瀬さんだから、下手したら手合わせしたくて僕のお願いを聞き入れた可能性さえある。


「おじいちゃんもやめてよ! 相手は女の子だよ!」

「分かっておる、奏介。わしは打たんよ」


 おじいちゃんは片手をすうーっと伸ばし、手のひらを風合瀬さんに向ける。

 その瞬間、おじいちゃんの大きいとはいえない身体に闘気が宿った。

 途端に数倍の大きさに感じるほど威圧感を纏う。


「一撃でも有効打をわしに当てれば結婚を認めてやろう」

「ありがとうございます」


 風合瀬さんもおじいちゃんのただならぬオーラを感じたのだろう。

 表情を引き締めた。

 しかし目が爛々としている

 強い人と戦えるのを喜んでいるというのが伝わってきた。


「ほら、奏介。審判をせぬか」

「絶対無理しないでよ」


 風合瀬さんに伝えてそう伝えてから審判の位置に立つ。


「はじめっ!」


 僕の号令と共に風合瀬さんが摺り足でおじいちゃんとの間合いを詰めた。



 おじいちゃんはひょいひょいと風合瀬さんの攻撃を避けたり捌いたりしていく。

 でも風合瀬さんもそれは想定内だったのだろう。

 わざとかわされやすい蹴りを放ったあと、素早く体重移動をして不意討ちの回し蹴りを放つ。

 でもそれすらおじいちゃんの想定内だった。


「甘いぞ」

「ひゃうっ!?」


 おじいちゃんは足払いを放ち、風合瀬さんが転ばされた。


「おじいちゃんっ! 風合瀬さんに攻撃しちゃ駄目だって約束だろ!」

「すまんすまん。あまりにこのお嬢さんが鬼気迫る迫力だったのでつい」

「いえ。構わずおじいさまも打ってきてください」


 風合瀬さんは道着を整えながら立ち上がる。

 完全にハイ状態なのだろう。

 目が爛々としている。

 強い奴と戦うとテンションが上がるとか、バトル漫画の主人公かよ……



 ────────────────────



 果たしてワンパン姫はおじいちゃんに勝てるのか?

 なんだかんだ言って古林くんとの交際のために頑張る風合瀬さん。

 でもおじいちゃんはかなりの腕前。

 次回もお楽しみに!

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