第13話 風合瀬さんの協力

 結婚なんて考えたこともなかった。

 そりゃいつかは誰かと恋をして、生涯を共にしたいと願い、プロポーズをして結婚をしたい。

 漠然とそんなことを考えたことくらいはあったけど、具体的に何歳で誰と結婚するなんてまったく頭になかった。


 教室に入るとみんながチラッとこちらを見る。


「おはよう、古林くん」

「おはよー、古林」

「お、おはよう」


 僕が風合瀬かそせさんの彼氏だという事実もずいぶんとみんなに受け入れられてきたらしく、奇異の目で見られることもなくなっていた。

 そして権田先輩のおかげで決闘を挑まれることもなくなっていた。


 一応以前のように落ち着いた生活が戻ってきた。

 しかし今度はおじいちゃんの許嫁問題が僕の頭を悩ませていた。


 悶々とそんなことを悩んでいると、僕のすぐ後ろから風合瀬さんが教室に入ってくる。


「あ、おはよう。風合瀬さん」


 普通に挨拶をしただけなのに、なぜか風合瀬さんは顔を赤くして何かを咎めるように僕を軽く睨んできた。


「……おはよ」


 何やら朝から機嫌が悪い。


「な、なにじろじろ見てるのよ、えっち」

「は? えっちって……」


 風合瀬さんはプイッとそっぽを向き、自分の席へと行ってしまう。

 ただ見ただけでえっちと言われるなんて、あまりにも理不尽だ。



 授業中も、休み時間も、頭の中では許嫁のことで頭が一杯だった。

 どうすれば仕組まれた婚姻を回避することが出来るだろうか?


 なにせあのおじいちゃんは一度言い出したら人の話など聞かない。

 ましてや許嫁なんて話なら相手方まで巻き込んでしまっている。

 そう簡単に『なかったこと』にはしてくれないだろう。


 なにかいい言い訳はないものだろうか……


「どうしたの、古林くん。今日ため息ばっかりだよ?」

「えっ!?」


 伊坂くんが心配そうに僕の顔を覗き込む。


「なんか大変なことあった? また変な奴に絡まれたとか?」

「ち、違う違う。そんなんじゃないよ」

「何かあったら相談してね。僕なんかじゃ頼りないだろうけど」

「ありがとう」


 伊坂くんは本気で心配して、僕の力になろうとしてくれている。

 本当にいい友達だ。


「一人で抱え込むのは良くないよ。僕じゃなくても、たとえば風合瀬さんに相談してみるとか」

「風合瀬さんに!?」


『どうも許嫁がいたみたいなんだよね』なんて相談できるはずがない。


「なんでそんなに驚くの? 彼女でしょ? 頼ってみなよ」


 純真な伊坂くんの目に見詰められ、ようやく僕は気付いた。


「そうかっ! うん。そうだよね! ありがとう」


 風合瀬さんに彼女の振りをしてもらい、おじいちゃんと会ってもらうのもひとつの手だ。

 口では厳しいことを言ってるけど、彼女がいると知ったら諦めてくれるかもしれない。


 いや、ただの彼女じゃなく、将来結婚するつもりだと言ってしまった方がいい。

 そこまで言えばさすがのおじいちゃんも考え直すだろう。


(ただ問題は、どうやって風合瀬さんにお願いするかだよなぁ)


 いくら仮の彼女とはいえ、そこまでお願いするのはさすがに気が引ける。



 学校では言い出しづらかったので放課後、学校近くの神社に来てもらえるようメッセージを送った。

 返事はくれなかったものの、スマホでメッセージを確認した風合瀬さんはジィーッとこちらを見てきた。

 律儀な彼女ならきっと来てくれるだろう。



 放課後、先に神社に行くと予想通り誰もいなかった。

 あまり人には聞かれたくない話なので好都合である。

 十分ほどすると風合瀬さんが辺りを警戒した様子でやって来た。


「ごめんね。疲れているところ呼び出して」

「こ、こんな人のいないところに呼び出してなにするつもりなわけ?」


 僕が近づこうとすると、じりっと一歩後退る。

 仮にも恋人とは思えないリアクションで、さすがにちょっと傷ついた。

 雑談をする気はなさそうなのでさっさと用件だけを伝えよう。


「単刀直入に言うけど、恋人としてうちのおじいちゃんに会って欲しいんだ」

「は?」

「そこで僕たちは将来結婚を誓い合った仲だと言って欲しいんだ。唐突でごめんね」

「はあぁああ!? なに言ってんの!?」


 風合瀬さんは目をつり上げ、踵で僕の爪先を踏んだ。


「痛っ!」


 あまりの速さに僕でさえ避けられなかった。


「なんで私が古林くんと結婚しなきゃいけないのよ! 変態! 悪魔!」

「違うんだ! 話を聞いて!」


 怒る風合瀬さんをなだめ、なんとか説明を聞いてもらう。


「なるほど。つまり古林くんにはいつの間にかフィアンセがいて、このままだと二十歳になったら結婚させられるってわけなんだ」


 事情を理解してくれたはずなのに、風合瀬さんは相変わらず冷ややかな目で僕を見ていた。


「そうなんだよ。ひどい話だと思わない?」

「でもそのフィアンセって可愛いんでしょ? いいじゃない。結婚すれば?」

「そんな他人事だからって無責任な。そもそも結婚相手とか恋人とかって見た目は関係ないから」

「でもめちゃくちゃタイプだったら?」


 なぜか風合瀬さんは僕を試すような目で見てくる。


「本当に見た目は関係ないから。性格とか相性とか価値観とか、そういうのが大切でしょ、普通」

「へー? 古林くんって変わってるね」

「そんなことない。普通だよ」


 風合瀬さんは意外そうな顔をして笑った。

 よく分からないが、少し機嫌が良くなってくれたみたいでほっとする。


「まあ、分かった。一応彼女なんだし、その嘘に付き合ってあげる」

「本当に!? ありがとう!」

「でも言っとくけど本当に、け、けけ結婚とかしないからね」


 風合瀬さんは慌ててそう付け加えた。


「もちろんだよ! そんなこと絶対に考えてないから! 間違っても結婚なんかしない。約束するよ!」

「そこまで全力で否定されるのも、女として微妙なんだけど!」

「えっ? あ、ごめん……」


 ギロリと睨まれ、冷や汗が噴き出す。

 どうにも女心というものは理解に苦しむ。



 ────────────────────



 怒りながらも助けてくれる優しい風合瀬さん。

 二人の仲が接近しそうな予感ですね!

 果たしておじいちゃんを騙すことは出来るのでしょうか?

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